第12章 【明智光秀】愛、故の戯れ②【R18】
数刻馬を走らせ、夜が辺りを包みはじめる。
少し大きめの街にたどり着いた光秀は、桜姫の痕跡がないかと歩き回って、街にある宿屋にそれらしき男女が宿泊していることを突き止めた。
ここはまだ信長の領地である。光秀の顔が効く宿屋に入るのはたやすい事だった。宿屋の主人に案内された部屋にはまだ灯りが付いていて、中から男女の声がする。
光秀は、襖に手を掛けすばやくそれを開け放った。
部屋の中にいる女と視線が合う。
「……桜姫」
「みつ……ひでさん」
隣にいた佐助は半身を引き、何事かに備えると同時に光秀が腰にさしていた刀を抜いた。
その切っ先が突き付けられたのは佐助ではなく桜姫で、ゴクリと息を呑む。
「断りもなく城を抜け出したこと、理由によっては許しがたい謀反とみなす」
決して逸らされることのない視線は、愛しい者を見つめているはずなのに口からついて出る言葉は愛の言葉ではなかった。
「小娘……お前は信長様の縁起物、そう易々と手放すわけにはいかんのだ」
カチャっと刀の刃先が反される。廊下をバタバタと走ってくる音が聞こえたかと思うと、光秀の背後に秀吉が詰め寄ってきて、その刀を取り上げた。
「光秀っ、お前ってやつは」
秀吉は、光秀の刀を見つめた後、桜姫の隣にいる佐助に視線を向ける。いつか見た上杉の忍びだが、桜姫の友人でもある彼に今危害を加える気はなかった。
「佐助とか言ったか、しばし俺に付き合え」
秀吉に声を掛けられ、桜姫の事も心配ではあったがここは彼に任せようと佐助は秀吉に従う。
佐助と秀吉が去り、2人きりになった部屋で互いに視線を合わせたままの2人。桜姫は光秀の顔を見上げて、居住まいを正すと両手の指をそろえて頭を下げた。
「……黙って、お城を出たことはすみませんでした。ですが、私は私のいるべき場所へ帰ります」
頭を下げたまま身体を震わせる桜姫を見下ろした光秀は握りしめていた手をそっと下ろす。桜姫の目の前でゆっくりと膝をつき彼女の身体を起こしてから、顎を持ち上げ強制的に自分の方へと顔を向けさせた。
好きだと言う言葉が口から出せない。
自分のものにしたいと言う気持ちを素直に表す事ができない。
目の前で瞳を潤ませる女を幸せにする自信がないからだろうか……。