第2章 【伊達政宗】音の在処②【R18】
それから数日、桜姫の声は戻らなかったものの、政宗のお手製料理のお陰か、毎朝毎晩届けられる家康の薬のお陰か、みるみる元気を取り戻していった。
ある日は、中庭で散策をしたり、次ぐ日は縁側で読書をしたり穏やかな日々を過ごす。
声が出ないので、視線や身振りで伝えたり、時には苦手ながらも文字を書いてみたりして桜姫は皆とやり取りをしていた。
いつものように桜姫を寝かしつけた政宗は、自分の部屋に戻ると残っていた仕事を始める。
いつの間にかしとしとと雨が降り始め、時折涼し気な風が部屋の中を流れた。
桜姫の声が戻らない事は心配ではあるものの、五体満足に命がある事だけが救いだ。
家康や三成もたくさんの書物を読み漁り解決策を探ってくれているが焦る気はなぜだかなかった。こればかりは神のみぞ知るところだろう。
桜姫の笑顔が見られればそれで良いと思ってしまう自分がいた。
仕事に戻ろうと筆を手にした政宗はふと廊下に人の気配を感じ立ち上がる。こんな夜更けに……殺気はないので敵ではなさそうだ。一応身構えるも、部屋の前で止まった足音に笑みを溢す。
「どうした?」
襖を開ければ、薄桃色の寝衣に先ほど掛けてやった夜着を肩に巻いた桜姫が立っていた。
伏せていた目を上げて、政宗の瞳を見上げる桜姫をひとまず部屋に招き入れる。
「城内とはいえ、こんな時間に一人で歩いたら危ないだろ」
全くもって危険がないわけではない。政宗は桜姫を座らせながら小言を言ったが、ギュッと着物の袂を掴んでいる彼女はどこか寂し気に見えた。
「怖い夢でも見たか?」
首を横に振る。
「じゃあ、迷子か?」
さすがに城内で迷子にはならないと頬を膨らませる。
「俺と一緒に寝たかったんだろ?」
半分冗談で問えば、恥ずかしそうに頷く桜姫の姿があった。
「……」
シンと静まり返る政宗の部屋。うつむいたままの桜姫の頭に政宗の大きな掌が優しく乗せられる。
「すぐ終わらせる。待ってろ」
机に向かい合わせるように座らせていた桜姫に言い聞かせて、残っていた書状の確認を始めた政宗の心中は穏やかではなかった。