第11章 【明智光秀】愛、故の戯れ①
政宗に教えてもらい初めて作った揚げ餅を抱えた桜姫は、広間へ向かう廊下を鼻歌交じりで歩いていた。廊下の角を曲がったところで突然誰かの背中にぶつかり、転びそうになる。不意に抱えられた腰と揚げ餅の入った籠は板張りの廊下に落ちることはなく、何とか事故を回避した。
「……光秀さん、すみません」
頬を赤らめて謝る桜姫をニヤリと見下ろした光秀は、抱えていた彼女の腰をグッと引き寄せてきちんと立たせてやる。
「何がぶつかってきたのかと思えば、陽気な小娘であったか」
つい先日、小動物扱いから小娘へ昇格した桜姫。意地悪な事をされたり言われたりする中でも光秀の優しさや強さを感じ、魅かれる所があった。それからというもの、彼への思いが大きくなっていき、つい頬を赤く染めてしまう事が最近の悩みである。
腰に回されている手はなかなか離れて行く気配がなくて、桜姫は身動きが取れないままでいた。
「あっあの……助けていただいてありがとうございます」
「構わんさ、こんな所で転ばれてはまた秀吉に小言を言われかねんからな」
ククッと笑う光秀は、もう片方の手で支えていた揚げ餅入りの籠に視線を移す。揚げたての餅はまだほんのりと湯気を立たせており、時間的にお茶の時間なのだろうと思われた。
「食べますか?揚げ餅」
「いや、今はいい」
やっと光秀の手が腰から離れて行く。温かかった部分が急に冷たくなった気がして少しだけ残念な気持ちになったのは光秀への思いが大きくなっている証拠なのだろう。
光秀は、桜姫の肩をポンと一つだけ叩いて広間とは反対方向へと歩いて行ってしまった。
「前を向いて歩けよ」
離れて行く光秀の背中を視線で追いながら桜姫は一つ頷いた。程なくして、三成が広間に向かって歩いてきたことに気付き桜姫は思い出したかのように共に広間へ向かう。今日のお茶にも光秀は来ない……せっかく自分で作ったお茶請けがあると言うのにやはり残念だ。