第10章 【明智光秀】待人来る②【R18】
今日も彼は戻らないのかと、ため息をつきながら城下を眺めていると、その視界に光秀の姿が入ってきた。パッと顔を輝かせた桜姫は急いで城門へと向かう。
草履を履いて表へ出ると、ちょうど光秀が向かってくるところだった。
「おかえりなさい」
「あぁ、今戻った」
抱きしめてほしい、触れあいたい……そう思った桜姫の気持ちもあっという間に消し去られる。
一言だけ言葉を交わした光秀はそのまま信長の元へ向かったのだった。
「おい、光秀。少しは桜姫に…」
秀吉が声を掛けるも、振り返る様子はなく。一度彼女に手を振って歩いて行ってしまった。
それに俯いた桜姫に見かねた家康が声を掛ける。
「あんた、これでいいの?」
「……無事に戻ってきてくれただけで嬉しいから」
瞳を潤ませる桜姫を見て、家康は思わず彼女を胸に抱き留めた。隣にいた秀吉も桜姫の肩を叩き慰めている。間近でそんなことをされて光秀の視界に入らないはずはなかった。再び数日前に覚えた胸のざわつきを感じ唇を噛み締めた。
信長への報告が終われば光秀は一番に桜姫の部屋に来るだろう。桜姫は彼を待つからと言って自分の部屋へと戻った。
報告が長引くのは仕方がない事だが、間もなく辺りも暗くなる。桜姫は小さなため息をついて、部屋の襖を少しだけ開けてみた。ひょいと顔を出した時、ちょうど政宗が何かを片手にこちらに歩いてくるのが見え、彼を出迎える。
「夜食、作ってきてやったぞ。光秀も戻ったんだろ?」
政宗に、彼の名前を呼ばれて、まだ彼がここにいないことがまた寂しいと感じてしまった。彼の性分も、仕事の事ももちろん理解しているはずなのに、こんなに寂しいと思ってしまうのは自分の我儘だ。この時代に残ってまで彼と生きていこうと決めたのに、ちょっとしたことで揺らいでしまうなんて……。桜姫はそんなことを考えながら、政宗から夜食のまんじゅうを受け取った。光秀と食べるようにと2人分。きっと光秀は味なんてわからない、甘いものはそんなに好きじゃないと言って2つとも桜姫に食べさせるのだろうが、そこは政宗の気持ちが籠っている。桜姫は礼を言いながら政宗を見上げた。