第1章 【伊達政宗】音の在処①
ゆっくりと動いた桜姫の唇は声を紡がず『ありがとう』と空気だけが動いていた。
声を発することのできない不安に、自分の首元へと両手を当てる桜姫は、何度も息を吐いてみるが小さな声すら出す事ができなかった。
自分の身に起こっている事、起こっていたことがまだ理解できていない桜姫が不安げに政宗を見上げる。
「大丈夫だ」
そう言って、そっと桜姫の身体を抱きしめる政宗。
一通りの診察を家康にしてもらい、後ろ髪は引かれるものの桜姫を残し2人は一旦部屋を出た。
「一時的な後遺症だとは思います」
「……そうでないと困る」
「でも……ひとまず目が覚めたことには安心して大丈夫。傷の治りもいいです」
「家康様様だな」
政宗は大きく息を吐き家康を見やった。
不安はぬぐいきれないが、日を追うしかなさそうだ。
「茶化さないで、俺は信長様達に彼女が目覚めたことを報告してきます。政宗さんは彼女の傍にいてあげてください。彼女が一番不安でしょうから」
薬箱を片手に去っていく家康を見送りながら
「そんなこたぁ言われなくても分かってるって」
と呟いたのは言うまでもない。
政宗は部屋へ戻ると、再び横たわっている桜姫の隣に腰を下ろした。何度か頭を撫でてやれば嬉しそうにほほ笑んでいる。
「お前が無事でよかった」
やっと伝える事ができた言葉に、返事をするように瞳を上げた桜姫。声にならない言葉を伝えたそうな顔をする。
「ただいま。遅くなって悪かった」
政宗のその言葉に、大きく頷いた桜姫はそっと彼に手を差し出した。それに重ねられた大きな政宗の手をしっかりと握りしめる。
おかえりなさいと伝わってくる温かくも小さな掌になんだか安心感を覚えた。