第9章 ミステリートレイン 【灰原/安室】
突然、8号車で火事が起きた。否、これもやつらの作戦のうちだ。貨物車をのぞけば最後尾である8号車で火事が起きたなら、乗客はみんな前の車両へ避難する。念の為7号車と6号車の乗客も避難するよう放送がかかったので、蘭や子ども達も避難するだろう。哀を7号車に避難させた郁大は、6号車に来ていた。
「新一」
「郁大、灰原は?」
「保護できた」
頷いてみせると、よかったと返って来た。そしてコナンは、目の前にいる2人に顔を戻す。小蓑夏江と住友昼花。否、怪盗キッドと付き人の寺井。
「キッドと何話してたんだ?」
「なんだ、お前も気づいてたのかよ」
「当たり前だろ」
素の声に戻っている“親友”にジト目を向ける。キッドは郁大にスマホの画面を見せた。
「俺に、この子の身代わりをしてほしいだとさ」
「な…」
その画面にうつっているのは、まさに郁大が探していた“彼女”で。郁大は思わずコナンを見た。こちらの親友は、にっと郁大に笑ってみせる。
「ひっでぇよな。今回は見逃してやるからって脅すんだぜ?」
「…頼む」
「おいおい、お前まで言うのかよ?」
「お前を危険な目に合わせるのは悪いと思う。けど、お前は変装の名人で、お前なら逃げる術がある」
「まぁ、ハンググライダーはあるけどよ」
「頼む」
「…」
キッドは滅多に見ない彼の必死な表情に、はぁ、と息をついた。
「…わぁったよ」
「…ありがとう」
本当に、珍しい。キッドはそう思いながら、持ち前の素早さで変装を完了させた。
「郁大、どうだ?」
コナンに言われ、郁大はじっとキッドの顔をのぞきこんだ。そこには灰原哀が、否、宮野志保の姿がある。
「…許す」
「よし、それじゃ打ち合わせ通り頼むぜ、キッド」
「おいおい、許すってなんだよ。変装のレベルってか?」
郁大の様子に少々ついていけないキッドがつい口を出す。
「そうだな」
「…さっきの珍しい必死さといい、もしかしてお前、この子に惚れてんのか?」
「あぁ」
「あぁって…」
あっさり肯定され、キッドは呆気にとられる。だがそれは郁大の真剣な顔と声に吹き飛ばされた。
「だから守りたい。死なせたくない。…頼んだぞ、快斗」
「…仕方ねぇなぁ。親友(ダチ)の頼みだ。やってやるよ」
「…ありがとう」
キッドは笑ってみせ、8号車に向かった。郁大達もすぐさま移動した。彼女の待つ、7号車へ。
