第1章 プロローグ ーとある本丸にてー
主が欠伸と共に頷くを見てから、歌仙は彼女の夜着の帯を解く。
朝の近侍の仕事、それは朝寝坊な主の身支度を手伝うことだ。とはいっても、彼女は専ら眠気と戦っているので、着替えも髪を整えるのもほとんど近侍の仕事になるのだが。
「ほら、脱がすから手を伸ばして」
「………ん」
歌仙が指示する通りに少女が体を動かせば、ほとんど日に当たっていない真っ白な肌が露出する。
少女とはいえ、まじまじと見るのは失礼に当たると歌仙は慌てて視線を逸らし、脱がした夜着を畳む。そして、用意していた紅白の巫女装束を着せ始めた。
(常々思うが……本来なら、女の子が男に着替えさせてもらうって結構恥ずかしいことなのに……もう少し主がしっかりしたら、身支度は自分でさせないと)
そう思いながらも初期刀であることと、近侍として主の世話を焼けることが満更でもない歌仙は無意識の内に口元が緩んでしまっていることに気付いていない。
「…歌仙?」
「あ、いや、何でもないよ」
不思議そうに己の名前を呼ぶ主の声に、歌仙は我に返る。気付けば、ある程度起きた主がきちんと布団をしまって戻って来たところだった。
自分の欲求に忠実で初めはよく泣き喚いて歌仙の手を焼かせていた主だが、この本丸の生活に慣れたのか、はたまた歌仙の躾の賜物か、しっかりした少女へと育った。
「じゃあ、髪を整えようか」
本丸当初を頭の隅に思い浮かべながら鏡台の前に主を座らせると、歌仙は寝癖のついたその髪に櫛を潜らせる。
主の髪の色はまるで漆のような美しい黒色であり、その細くも肩辺りまで伸びる髪を傷めないよう、歌仙は細心の注意を払いながら梳かす。主は気持ち良さそうに目を閉じ、小さく鼻歌を歌っている。
「御機嫌だね、主。良い夢でも見たのかい?」
「ううん。歌仙が髪をとかしてくれるの、気持ちいいの」
「主の髪は綺麗だからね。僕が雅に仕上げるのは当然さ」
「みやびはよく分かんないけど、歌仙は大好きだよ。いつもありがとう、歌仙」
「……っ」
(何なんだ、この可愛い生き物は……!)
鏡越しとはいえ、主のはにかむような笑みを不意打ちでくらった歌仙は、片手で口元を覆いながら慌てて横を向く。
主はコテンと首を傾げながら、どうしたの?と歌仙の顔を覗き込もうとするが、当の歌仙は見られた顔ではない為、誰か主を止めてくれと心の中で叫ぶ。
