第2章 中学生編
轟SIDE
雪水から離れる事を選んだ俺はもうあの待ち合わせ場所へは行かないつもりだった。
途中で鉢合わせる可能性を考えて、図書室で適当に時間を潰してから帰ることにしたが。
流石にもう帰っているだろうと思って安心していたからなのか、数ヶ月続けた習慣のせいなのか、俺の足は待ち合わせ場所へと向かっていた。
そこに向かっていると気付いた時に引き返せばよかったのに、俺はそのまま足を進め、もういる筈のないと思っていた人影を見つけてしまった。
「轟君!」
俺を見つけた雪水がすぐさまこちらに駆け寄ってくる姿に決心を揺るがされそうになる。
「悪ぃ、雪水。待たせたな」
「ううん、何か用事があったの?」
「…ああ」
「そっか。じゃぁ行こ?」
咄嗟に出た言葉は言うつもりのなかった言葉で、何故自分でもあんな事を言ったのかわからなくて。
これ以上はダメだと思った。
だから、口ではっきり告げようと。
「…雪水」
ここで終わらせるつもりで名前を呼んだ筈なのに、言うつもりだった言葉は喉にひっかかり、代わりに毎日繰り返してきたことが身体を無意識のうちに突き動かす。
もうそれは一種の呪いとでもいう様に。
名前を呼ぶことが合図になり、身体が考えるよりも先に動いて、吸い寄せられるかの如く何度も口付けを交わしてきた唇へと己のそれを重ね合わせる。
自ら離れる事を選んでおきながら、一度触れた甘く柔らかな感触から離れられなくなって。
このまま時間が止まってしまえと強く願っていた。
「っはぁ…酸素不足になる…」
けれどそんな願いは叶うはずもなく、温もりが離れたことで俺は成すべきことを思い出した。
「轟君…?」
もう、誰も苦しめたくない。
「これ以上俺に近づくな」
「…え?」
「もう、ここにはこねぇ。今日が最後だ。
さよならだ………紫沫」
最後に呼んだ名はかつての幼い俺がしていた呼び方。
特に深い意味はなかった。
あるとすれば、毎日繰り返してきた合図をもう一度口にしたら、今度こそ本当に離れられなくなってしまうと思ったから。
これでいいんだ。
これで、もう俺のせいで苦しめることはない。
俺がする事はただ一つ。
母の力だけでトップになって、アイツを完全否定するだけ。
そこに迷いはないと、俺はその場を離れ去った。
(ありがとう。好きだ………雪水)
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