第13章 原作編《新学期》
紫沫SIDE
わざわざ言う程のことでもなかったかもしれないけど、他に伝えられそうなことが思い浮かばなくて。
「そうか。緑谷はともかく、爆豪とは俺もあまり喋ったことねぇな」
「これから仮免補講一緒に受けるんだし、きっと焦凍君にも話すキッカケあると思う!」
「そうだな。前に爆豪が紫沫に手ェ出してただろ。少し心配してたんだが、大丈夫みてぇで安心した」
少し語弊のある言い方だけど、以前手出しされたもとい首を掴まれた時に居合わせたことを思い出した。
だから今回も何かされたんじゃないかって心配してくれたとは考えもしなかったけど。
少しの申し訳なさを覚えながら、傍にいない時でも気にかけてくれる焦凍君の優しさに嬉しくなって胸が仄かにときめくのを感じた。
「心配してくれてありがとう。爆豪君だけじゃなくて緑谷君もいたし、心配するようなことはなかったよ。でも、焦凍君と過ごせなかったのは寂しかったかな…」
少し緊張感のあるインターンの話の後で何気ない日常の話をして、焦凍君の柔らかな雰囲気も相まって気が緩んだのかもしれない。
言うつもりのなかった言葉までつい口から溢れていた。
「同じだ」
「え?」
「紫沫が傍に…こうして触れられる距離にいないのは、落ち着かねぇ」
そう口にしながら、やんわりと片頬を包み込んでくる掌と徐々に縮まる焦凍君との隙間。
どれだけ見つめていても飽きることのない異なる色を持つ双眸は、情熱と冷静という相反する色彩を放って、私の意識は余すことなく攫われていく。
心臓がドキドキと早鐘を打っていることすら気付けない程に。
「しょぅ、とく…んっ」
こんな触れ方をされたら、私は逆に落ち着かない。
理性を失いかけた意識の片隅で思ったりもしたけど。
それは瞬く間に掻き消されてしまった。
優しく重ねられた唇は角度を変えて、僅かにできた隙間を割いて潜り込んできたのはとろける生クリームの様に甘くねっとりとした感触。
たった数日の間に共有できなかった時間の埋め合わせは、収まりのきかない行為で歯止めを失うには充分過ぎて。
「全然、足りねェ…」
「…もう少しだけ」
「紫沫…」
少しだけでは済まない欲が満たされるまで。
フローリング仕様の寮内で唯一、い草の香りに包まれたこの部屋に囚われて、抜け出すことはままならなかった。
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