第13章 原作編《新学期》
紫沫SIDE
一連のやり取りをしていたのは言わずもがな寮の共有スペースで、登校する時間ともなれば全員がその場に集まるという必然性を軽視していた。
傍で見ていたクラスメイト数名が生温い目をこちらに向けていると気付いたのは話し声が聞こえてきてからだった。
「…いいよなァ、彼女がいるって……ちくしょー!俺もあんな風に見送りされてー!」
「くっそォォオオ!俺も轟位デカけりゃあ!なァ!上鳴ィ!?」
「峰田、問題はそこじゃねェよ!?」
「朝から見せてつけてくれちゃってー!」
「見てるこっちが恥ずかしくなっちゃうよー!」
「てめェら!ごちゃごちゃ言ってねェでさっさと学校行きやがれや!」
「へいへい。新学期早々にキンシンな人と違って俺らはマジメに始業式行くとしますかー」
「じゃー掃除よろしくなー」
「ぐぬぬ!!!」
いつもの暴言もこの時ばかりはキレが悪く、爆豪君は再び苦虫を噛み潰した様な顔をしている。
私はと言うと、そのつもりはなくとも周りから掛けられた言葉に少なからず恥ずかしさを覚えて見上げた目線を少し下げると。
二往復程撫でる感触がした後に頭の上の存在感は垂れる髪の流れに沿ってゆっくりと降っていき、するりとその手は放された。
「掃除、頑張れよ」
目の前の存在は人目を憚るという言葉をまるで知らない様に、変わらず漂わせる甘い空気感にまた引っ張られそうになる。
「轟くん!そろそろ向かわねば遅れてしまうぞ!」
「ああ、わりぃ飯田。また後でな、紫沫」
急かされた焦凍君は一言だけ告げて玄関へと歩き出して行った。
既に見送りの言葉は済ませてあるけれど、掛けられた言葉に何か返さなくてはと思った時にその姿は閉じられた扉の向こう側にあって。
心の中で「ありがとう、頑張るね」と呟くに終わった。
「オイ、いつまでボーッとしてやがんだ。サボってんじゃねぇぞ、コラ」
爆豪君に喝を入れられて、止まっていた手を慌てて再開すると、さっきまで騒いでいたのが嘘の様に寮内は黙々とした雰囲気に包まれ掃除機の音だけが響いていた。
「……」
「……」
「……」
よく考えればお世辞にも仲良しとは言えない2人が同じ空間にいてもわざわざ話しかけるなんてことしない。
予想出来たはずの現状だけど、この場を打開する策が思いうかばず、居た堪れなさを感じ始めていた。
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