第11章 原作編《仮免試験》
紫沫SIDE
「それで、ンな顔してたのか?」
「…」
言うつもりのなかったことを口にしてしまい。
質問にもどう応えていいのかわからず。
心の中と同じく視線も下降していたその時。
ふいに視界が紺色でいっぱいになると、包み込むようにして背中に回された腕の中に閉じ込められていた。
「紫沫だけじゃねぇ」
「え?」
「俺もだ…傑物の奴が触れようとした時。考えるより先に身体が動いちまってた」
この胸の騒つきを焦凍君も感じていた?
「焦凍君も…同じ…?」
紺色の次に見たのは暗灰色と青緑色をした双眸。
「紫沫に触れていいのは…俺だけだ」
頬に添えられた手にもその意思が込められているようで。
距離が縮まるのと同じ速度で、見つめ合う瞳が瞼を下ろすと。
溶け合う様に絡まるフレンチキス。
弁えもなくその甘美さに心が満たされていくのを感じた。
早く説明会場に行かなくては。
頭の端ではそう唱えているのに。
もう少しだけ放さないで。
心の中ではそう願っていた。
「昨日のやつは見えねぇな」
少しだけ距離が伸びて、頬に添えられていた手が肌の上をなぞり首筋へと。
指先で撫でられ、再び距離が縮まって。
唇が触れると同時に痛覚が鈍く反応した。
首に顔を埋められて、柔らかな紅白色の髪が頬を掠める。
立襟のコスチュームからでも見える箇所に刻み込まれてる…キスマーク。
〈キスマークは、マーキングってことだよ!〉
何故かこの時、私の頭を以前芦戸さんの言ったことが過った。
もしシルシをつけることが、さっきの私と同じ感情からだとしたら…
埋められていた顔が上がると自分がそうされた様に。
視線を焦凍君の首筋へと向けて、そこに指を伸ばして。
「私も…シルシ、つけていい?」
「ーーああ」
どうしたらいいのかは身を以て教えてもらってる。
襟元にある金具に手を掛ければパチンと案外簡単にそれは外れて。
少し高いところにあるそこへ、吸い寄せられて上がる踵。
生まれて初めて、痕を消すのではなく付ける行為をした。
上手にできているかはわからないけど。
焦凍君の首にたった今記された紅い痕は紛れも無く私がつけたシルシ。
「つけられたか?」
「ちゃんと、つけられたよ」
説明開始を告げる館内放送が流れる中。
もう一度と重ね合せる唇に、胸の騒つきは何処かへ姿を消していた。
.
