第11章 原作編《仮免試験》
紫沫SIDE
着替えを終えて説明会場に向かっていると、焦凍君を見つけて声をかけようとした時。
それよりも一瞬だけ先を越されて、見たことのない女の子達から声をかけられている姿を目撃してしまう。
そう言えば会場に入る前に耳郎さんと上鳴君が、
〈なんか…外部と接触すると改めて思うけど〉
〈やっぱりけっこうな有名人なんだな。雄英生って〉
そんな会話をしていた気がする。
体育祭は全国中継なんだからここにいる人達がそれを見ていてもおかしくない。
というか、ヒーロー志望なら見ているに決まってる。
その上1年の中でトップ2だった焦凍君に興味を持つのは頷けるけど。
さっきのことも相まって、その興味に好意も含まれている気がしてならない。
(もし特別な感情を持った好意を向けられているのだとしたら…?)
そんな事を考えていたタイミングだったから。
焦凍君の腕に触れて距離を縮める女の子を見た瞬間、
胸が騒ついて、その先にある説明会場とは逆方向へと駆け出していた。
こんな事してる場合じゃないのに。
引き返すことが出来ない。
「こんなとこで、何してんだ」
「何で…」
背後から聞こえた声に驚きを隠せないまま振り向くと、そこには焦凍君がいて。
「説明会場と逆向きに走り出したら気になるだろ」
私の存在に気付いていたらしい。
でも、さっき話しかけられていた人達はどうしたのかと。
喉まで出かかった言葉を咄嗟に飲み込んだ。
「…説明会場、行こっか」
気持ちの行方が自分でもわからなくて。
それを口にする勇気がなかった。
「何でかはわからねぇが、ンな顔したまま試験受ける気か?」
「え?」
「泣きそうな顔、してるぞ」
そんな顔をしてるつもりはなかった。
普通にしてるつもりだったのに。
「ごめん…」
試験前に一体何をしているんだろう。
「仮免、不安なのか?」
今優先すべきは仮免試験だ。
こんな事で胸を騒つかせてる場合じゃない。
わかってる。わかってるのに。
「…違う。仮免のことじゃないよ」
「なら、何が原因なんだ?」
「……」
「紫沫」
静かな声音と向けられた眼差しに呑み込まれて。
「……さっき、焦凍君に触れる女の子の姿見て…胸が騒ついて…どうしたらいいのかわからない…」
つい、そんな事を口にしてしまっていた。
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