第10章 原作編《入寮〜圧縮訓練》
爆豪SIDE
神野事件であの場から脱出する際に掴んだと思っていた腕が放れていたことに。
今まで感じたことのない喪失感が襲ってきたのと同時に自分の不甲斐なさに腹が立った。
俺はあの時確かに雪女を連れて行くつもりで腕を一度掴んだ。
それなのに、あっさりと敵に奪われて俺だけがあの場から抜け出して。
「うっ…確かにそうかもしれない…」
俺が手放してしまったモノを救い出したのは他でもない半分野郎で。
その事実が余計に俺をイラつかせた。
「もっと周りに目ェ向けろや。てめェの近くにいんのは半分野郎だけじゃねえだろ」
「そんな人、いないよ…」
俺が連れて行く筈だった。
俺が救ける筈だった。
あの場で誰よりも近くにいたのは俺だった。
なのに、なんでよりにもよって。
半分野郎なんかに…
「あ?今、てめェの隣にいんのは誰なんだよ」
「隣?…えっと、今は…」
半分野郎には出来て、俺には出来なかった。
そんな事あってたまるか。
「…爆豪君?」
「やっとかよ」
「え?どういう」
「やっと、こっち向きやがったな」
半分野郎ばかりに目を向けるこいつも気に食わない。
体育祭の時の半分野郎といい、雪女といい。
目の前にいない奴のことばかり見やがって。
「爆豪君の目って、紅いんだね」
その言葉とは裏腹に、こちらを見つめる瞳に俺は映っていない。
「…何処見てやがんだ」
「え?」
「ちったぁコッチを見やがれや…紫沫」
あまりにもこちらを見る気配のない雪女を。
無理矢理にでもこちらに意識を向けたくて。
呼んだことのない名前を口にして手が出ていた。
「んな無防備にしてっと、奪っちまうぞ」
半分野郎も…雪女も…
目の前にいない奴にばかり目を向けるその態度が。
心底俺の癇に障って仕方がなかった。
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