第10章 原作編《入寮〜圧縮訓練》
紫沫SIDE
「ちょ、焦凍君。どうかした?」
「そんな顔してあんなところにいたら気にもなる」
「顔?」
「気付いてねぇのか?」
「うん?」
「暑さにやられてるだろ」
「え…そうなの、かな?」
皆と一緒にBBQ出来るのが楽しくて、気付かなかった。
少し食欲がないなくらいにしか思っていなかった。
それに近くにいた女の子達には何も言われなかったから。
なのに、離れていた筈の焦凍君にはすぐに気付かれてーー気付いてくれた。
「暑ィの苦手なのに、火の近くにいたら余計ダメだ」
そう言って伸ばされた右手が私の首元に触れると。
とてもひんやりとしていて、とても心地よかった。
「…気持ちいい」
火から少し離れた場所に腰を下ろして。
暫くの間、焦凍君の"個性"に身を委ねた。
「少しは回復したか?」
「うん。ありがとう。まだあまり食欲はないけど、さっきより身体は軽くなってる気がする」
「今日はもう休んだ方がいい」
"個性"を止めた右手は頭の上にあって。
優しく撫でられている。
「もう少し…」
数日間一緒にいたからか。
今日一日あまり姿を見る事がなかったからか。
傍を離れたくなくて。
「もう少しだけこうしてたい…」
頭を撫でていた手がゆっくりと、髪に指を絡ませながら滑って。
そっと、頬に添えられた。
僅かに持ち上げられれば、交わる視線の先にある瞳は。
まるで私の心を見透かしているみたい。
「なら、俺の部屋に来るか?」
「うん…」
先に抜けると皆に伝えに行った焦凍君を待って、共にその場を後にして。
初めて訪れた寮の中にある焦凍君の部屋は、私のよく知る畳張りだった。
「あれ?確かフローリング…」
「落ち着かねぇから畳敷いた」
「そ、そうなんだ?」
床だけじゃなくて、部屋全体をリフォームしたみたいで。
本当に寮の一室なのかと思う程で。
部屋の中はい草のいい匂いがした。
「紫沫、おいで」
そう言って手招きされるまま。
箪笥に背中を預けて畳の上に座る焦凍君の腕の中へと誘われる。
大好きな温もりに包まれていると心が安らいで。
私の意識は緩やかに微睡みの中へと落ちて…
「おやすみ」
夢見心地の中。
穏やか低音が耳に響いて、
唇に触れる柔らかな感触を微かに感じた。
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