第9章 原作編《神野事件》
紫沫SIDE
改めて自己紹介をするとお姉さんも名前を教えてくれて、冬美さんと言うことを知った。
他にもお兄さんがいるけど、今日は家にいないらしい。
少し話に夢中になっていると焦凍君の姿が見えないことに気付いた。
「あれ?焦凍君?」
「多分部屋に戻ったんじゃないかな」
「あっ!私、手伝いに来たんでした」
危うく忘れるところだった。
冬美さんに無事挨拶ができたから、2つ目の目的を果たさなくては。
「少し失礼して、焦凍君のところに行ってきます」
「部屋の場所わかる?」
「はい、わかります」
最後に来たのはもう一年以上前だったけど、私の記憶はちゃんとその場所を覚えていて。
何となく懐かしく感じる廊下を渡って、見覚えのある引き戸の木の部分を軽くノックした。
「焦凍君、いる?」
「紫沫?」
すぐに引き戸は開かれて部屋主が姿を現した。
「姉さんと話さなくていいのか?」
「入寮の準備、手伝わせて?」
こちらは随分手を借りたのたのだからお返しをさせてほしいと。
足を踏み入れた焦凍君の部屋はあの頃と何も変わっていなかった。
「ここに来るの、久しぶり…」
「そうだな」
ふと、ある物が私の目に留まって。
「あれ、って…中学の時の…」
綺麗に片付けられた座卓の上で控え目に飾られているそれを。
目敏くも見つけてしまったからには無視することが出来なかった。
「ああ。紫沫に貰った物だ」
「持ってて、くれてたんだ」
もう手元にないものだと思っていた。
離れていった時に手放したものだと。
「また、付けてくれるか?」
「うん」
差し出されたそれを手に取ると、向き合う形で。
立ったままだから少しだけ背伸びをしてそれを首にかけると。
色違いの瞳に見つめられながら、金具を留めた。
「…出来たよ」
「ありがとう」
再び焦凍君の首にかけられたネックレスはあの頃よりほんの少しだけチェーンが短くなっている気がした。
「焦凍君、背伸びたよね」
「成長期だからな」
中学の頃の思い出が蘇って、少しだけ甘酸っぱい気持ちがした。
あの時はまだ幼さの残る顔立ちだったのに今では大人の顔立ちに変わり始めていて。
少し高いところにある顔を見上げて。
どんどんかっこよくなっていくその姿に私の心がきゅんと音を立てて高鳴った。
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