第9章 原作編《神野事件》
紫沫SIDE
「…俺も良いか?」
「うん」
焦凍君もお線香に火を灯して香炉に刺すと、両手を合わせて瞳を閉じた。
両親と面識はなくとも手を合わせてくれることが嬉しくて、隣に視線を寄せていると。
「初めまして、轟焦凍です。紫沫と付き合ってます。同じ雄英高校でプロヒーローを目指してます。俺にとっても紫沫は大切な人です。絶対独りにはさせません」
その言葉に私の心は釘付けになっていた。
「二度と手を離したりはしません。この先何があっても、紫沫の傍には俺がいます」
「焦凍君…」
私達はまだまだ未熟で。
これから先にどんな事があるかなんて。
何があるかなんかわからないのに。
閉じていた瞳が開くとこちらを向いて、合わせていた掌の片方が私の頬に添えられていた。
「紫沫には言ってるだろ。絶対離れねぇって。改めて両親にも伝えといた」
何度も言ってくれた。
それなのに、私はまだどこかで離れてしまうんじゃないかって思ってるところがあって。
「だから、紫沫も…俺から離れないでくれ」
もしかして焦凍君も同じような気持ちを抱いていたのかな。
一度離れたのは焦凍君からだったけど。
だからこそ、人は簡単に離れていってしまうことを知っているのかもしれない。
「私だって…焦凍君から離れたりしない」
先のことなんて保証は何もないけど。
ずっと私の胸の奥に巣食っていた不安が姿を消した気がして、無意識に手を胸に当てていた。
「紫沫、愛してる」
今まで何度も想いを伝えてきたけど、その言葉を口にしたことは一度もなかった。
穏やかな声音でありながらも、そこに込められた想いの強さが空気を震わせて。
心に直接響いてくるみたい。
「私も…焦凍君を……愛してる」
共鳴する様に私の声までも震えて。
頬を包む左手に自らも重ねると、伝ってくるのはこの世で一番心地好くて愛おしい温もり。
「紫沫…俺の傍で…共に歩んでくれ」
「はい…」
お父さんとお母さんの眠るお墓の前で。
それはまるで教壇の前でする誓いのように。
特別な想いを紡いだ口は、互いに惹き寄せ合って。
重ねた唇はゆっくりと最後の瞬間まで互いの存在を確かめ合って。
見つめ合う視線の先で。
愛しさで溢れた穏やかな微笑みが零れた。
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