第9章 原作編《神野事件》
紫沫SIDE
あれからすぐに夕飯の準備をするべくソファを離れてキッチンに立った。
睡さんの家は対面式のキッチンで、料理をしながらでも焦凍君の顔が見れる。
のだけれど、何故か今焦凍君は私の背後にいた。
「えっと…これだと料理しづらいな…」
そして腰に腕が回されているからとても動きにくい。
「料理してるとこ見てたらダメか?」
「ダメな訳じゃないけど…てかそこからだと見にくくない?」
「小せぇから問題ねえ」
「そうですか…」
いや、そうじゃない。
私が動きにくいから放してほしいのだ。
焦凍君は問題なくても私はある。
「今から火使うし、危ないから放してほしいな?」
「火…出すか?」
左の炎をこんなにもあっさり使おうとしてくれるようになったのは喜ばしいことなんだけど、料理をするには微調整の効く文明の利器があるからと丁重にお断りした。
依然として腕は放してくれそうにない。
「ねぇ、本当に危ないから。あっちで待ってて?」
「なら、コレ食わせてくれ」
そうして背後から。
人差し指の腹でゆっくりと形の上をなぞられて。
「…わかった」
腰に回された腕の中で半身を翻せば、少しだけ高いとこにある目的地はすぐそこに。
瞼が落ちるのとほぼ同じタイミングで。
軽く触れるだけの口付けを。
「…んっ」
するつもりだったのが。
たっぷり時間を掛けながら濃密に絡めてくる湿った肉厚に。
境目がどこかわからなくなる程に深く貪られて。
そのまま満足するまで解放してもらえなかった。
「これ以上は我慢できなくなっちまいそうだ」
夕飯の準備の最中だからと、蕩けるような余韻を残したまま。
キッチンに一人きりにされた私はどうしようもなくて。
中途半端に放置された目の前にある食材の調理を再開するしかなかった。
全て出来上がる頃にはすっかり意識も食事に向かい、テーブルを挟んで向き合う形で席に着いていた。
「「いただきます」」
味も見た目も至って普通な家庭レベルの完成度だけど。
誰かに手作りを食べてもらうというのは、相手が特別な人なら尚更緊張するもので。
焦凍君が口にするのを見届けて。
「ん…普通にうめぇ」
「よ、よかった?」
美味しいと言ってくれたのだからこれは褒め言葉なんだと受け止めることにして、自分のオムライスを口に運んだ。
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