第4章 原作編《体育祭》
紫沫SIDE
最終種目進出者は自由参加だった為か、姿の見えない人が数人いる。
私は応援をしていると飲み物が欲しくなり、八百万さんに一声かけてから競技場の外へと向かっていた。
外に出た所で、陰になっている端の方で屈んでる人影が目に入る。
もしかしたら気分が悪いのかもしれないと気になり近付いていくと、その人影は私のよく知る人で、咄嗟に近くの壁に隠れてしまった。
(轟君、こんな所にいたんだ…)
下を向いている為どんな顔をしているかはわからないけど、トーナメント戦に向けて集中してるのかもしれない。
それならば邪魔をするわけにはいかないから離れようと思うも、騎馬戦での事やお昼の出来事が頭をよぎり足が止まる。
そして、私に話してくれた時のことも同時に思い出していた。
あの時は昔話をしていて…とそこまで思い出した時にふと、私の"個性"を見て綺麗だと好きだと言ってくれて笑顔を浮かべた幼い日の記憶までもが蘇った。
もし、今もまだそう思ってくれてるなら、それで少しは心が安らぐかななんて考えてしまい、轟君の周りに"個性"を使ってしまう。少し離れているけれど、この距離なら体に負担をかけることなく発動出来る程には"治癒"を使えるようになっていた。
怪我をしている訳ではないけれど、この"個性"が少しでも轟君の為になるならそう思っていた時だった。
「紫沫…」
その言葉に私は頭の中が真っ白になった。涙が溢れていた。
最後に呼ばれたのいつだったか……そうだ、轟君が離れていったあの日だ。
あの日から幾度となく夢の中で見続けては胸が苦しくなり、何度願ってももう叶う事はないと思っていた事が予期せぬ所で現実のものとなり、溢れる涙と漏れそうになる声を必死で噛み殺す為その場にしゃがみ込んだ。
このままここにいては気付かれてしまうかもしれないのに、一歩も動く事が出来ない。
早く離れなきゃと思うのに身体が言う事を聞かない。
(ただ名前を呼ばれただけなのに、こんなにも苦しくて、辛くて、嬉しくて…轟君を好きな気持ちが溢れてくる…)
もうどうしたらいいのかわからなくなっている時だった、ふと暖かいものに包まれる感覚がした。
そして、次の瞬間、
「ありがとう」
耳元でそう囁かれ、すぐにその温もりは離れていってしまった。
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