第1章 始業式の日
軽い挨拶を済ませた後、気が向いたら来てくださいねと言って、すぐに帰って行った伊野尾先生。
家に来るくらいだからもっとぐいぐい来るものだと思っていたから、なんだかその呆気なさに拍子抜けしてしまった。
あの先生がいるんだったら、保健室くらいまでだったら行けるような気がする。
一回会って、しかも挨拶を少し交わしただけなのに、なんとなく、そんな感情を抱いている自分に気づいて驚いた。
「今日、学校行く」
そんな言葉を、先生が帰った直後にさらっと口にしてしまったほどだ。
母の目があんなにも開くことを、私は初めて知った。
何ヶ月かぶりに、制服に腕を通す。
最後に来た時と変わらぬ着心地で、半年前から体重が大きく変わってはいないということはひとまず確認できた。
制服を着て1階に降りると、それだけで母が涙を零しそうだったので、本当に泣いてしまう前に朝ごはんを早めに食べて歯を磨いて、すぐに家を出た。
久しぶりに聞いた母の行ってらっしゃいの声が少し震えていたのは、聞こえていないふりをして、ドアを閉めた。
朝の光を直に浴びたのはいつ振りだろう。
学校にたまに行くことはあっても朝からというのはなかなかなかったから、新鮮な感じがする。
久しぶりに倉庫から自転車を出して、跨った。
きちんと漕げるだろうか。
カゴの中のスクールバッグは飛んで行ってしまったりしないだろうか。
そんな不安を抱きながら、ペダルを踏むと、最初の10mくらいはよろよろだったが、車の通りがある程度ある道に出る頃には、なんとなく感覚を取り戻してはいた。
頬に風が当たって心地よい。
ただ自転車を漕いでいるだけでこんなにも感動するものなのだろうか。
ものすごく楽しい。
自転車と朝の空気の素晴らしさを感じているうちに、学校に着いた。
時刻は8時10分。
どうやら、遅刻は免れたようだ。