第13章 視線
後日。
佐助はさえりの部屋を訪れていた。
「先日は来れなくてごめん。急用が入ってしまって」
「う、ううん、私も急用が入ったから丁度良かったの!」
さえりは少し頬を赤らめながらも、ホッとした表情で言った。
ごめん、さえりさん
佐助は今だけ自分の表情筋が死滅していることに感謝する。
さえりの痴態を見てしまった。
「君の恋人は侮れないな」
「光秀さん? 何、急に」
やっぱり、さん付けで呼んでいる
今日訪問するのも緊張した。また、同じ状況だったらどうしよう、と。だがその心配は蛇足に終わった。さえりが1人、笑顔で迎え入れてくれた事にホッとする。
光秀さんは一体何処まで把握しているのだろう? 手を出すなと牽制されたのだろうか?
「さえりさん。君は今、幸せ?」
「うん。幸せ」
さえりは佐助の急な質問に驚きながらも、満面の笑みで答えた。
「それなら、良いんだ」
さえりが不幸なら、奪う、もしくは現代に連れて帰るという選択肢もあった。でも幸せなら。
手を出したりしませんよ、光秀さん
心の中で呟いた。
「この前の宴で梅干しが切れてて謙信様が怒り出して」
「切る! って?」
「そう。で、すぐ買ってこいと言われたんだけど夜中だし」
「檸檬で代用しようかと思ったけどまだこの時代には無くて」
「なんで檸檬!?」
「成分のクエン酸が一緒だから」
「クエン酸って! この時代だと通じないよ」
「だから似てる杏子を代わりに出したら、余計大変なことに」
「あはは、当たり前だよー」
友人との楽しい会話に、笑い声が響く。
その会話を部屋の外で聞いている人影があった。
腕を組み、壁にもたれ視線は下を向く。
ふっ、と口許に笑みが浮かぶ。
さえりに害を成すようなら、すぐに捕まえるつもりだったが……
あの男、相当腕が立つと見えるが、泳がせておくのも悪くない。さえりの友人の様だしな。
人影は静かにその場を去った。
「光秀、さえりに用があったんじゃないのか」
政宗が光秀に声をかける。
「昼寝をしているから、そっとしておく。これから軍議だしな」
「そうか。よく寝るな、あいつ」
「そうだな」
光秀と政宗は笑いながら、軍議が行われる広間へと向かって行った。