第11章 嫉妬
市で買い物をした帰り道。さえりは荷物を抱えて歩いていた。
後ろから声をかけられる。
「これは美しい姫君。会えて嬉しいよ」
「信玄様!」
信玄と呼ばれた大男はさえりからひょいと荷物を取り上げると、先を歩き出した。
「近くまで持っていってあげよう」
「あ、ありがとうございます」
自分で持てるのに、と思いつつ、有無を言わさぬ行動に、さえりは取り敢えずお礼を言った。
「そうだ、栗饅頭が美味い店を知っているんだ。寄っていかないか」
「えっ」
信玄は急に方向を変える。荷物は信玄の手にあるので、さえりは仕方なくついて行く。
「栗饅頭と茶を2つずつ」
茶屋で運ばれてきた栗饅頭を信玄とさえりは頬張った。
「うん、美味いな」
その姿を見て、強引だけど何だか憎めない人だな、とさえりは思った。きっとモテる事だろう。
「甘いもの、お好きなんですね」
「ああ。君の唇も甘そうだな」
さえりは慌てて口を手で隠した。
「困ります」
「そんなに可愛い反応をされると、俺の方が困るな。本気になってしまいそうだ」
にこにこしながら信玄はさえりの手を取る。
「私には、心に決めた人が」
「どこの馬の骨ともわからない男より、俺の方が君を笑顔に出来ると思わないか」
この人は、どこまで本気で言っているのだろう?
さえりが困惑していると、後ろから肩をグイっと引っぱられ、大きな背中が視界を遮った。
「お前は……」
信玄の表情が厳しくなる。
「どこぞの馬の骨だ」
そこに現れた光秀は口許に笑みを浮かべながら言った。しかし目は全く笑っていない。
「へぇ……では俺は馬の骨をも喰らう野獣といった所かな」
信玄は挑戦的に笑う。
光秀はさえりの手を引き、信玄の真向かいに座った。茶屋の店主が来てご注文は、と言うので茶を1つ頼む。
「ところで野獣殿、安土には何をしに?」
「君の得意分野と同じだよ、情報収集だ。馬の骨くん」
バチバチと火花が散る。
「して成果は」
「教えると思うのか」
運ばれてきた茶をすする。
周りには穏やかな時間が流れているのに、ここだけ温度が低い気がする。
一触即発の空気。
「あ、あの……」
たまらず、さえりは口を開いた。