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きつねづき ~番外編~

第35章 毒


織田軍の圧倒的勝利で戦が終わり、安土へ帰還した数日後。

安土城に早く到着した家康は、廊下でぼんやりと庭を眺めていた。

今日は風が強い。風は木々を揺らし、砂を巻き上げ、家康の黄土色の髪の毛をもなびかせていく。

「家康! 此処に居た!」

聞き覚えのある、鈴の様な声が空気を揺らす。家康は声の主を探した。

ビュウゥゥゥゥーー

何処からともなく飛んできた花びらが、声の主――さえりの髪を彩った。

「あんた、その姿間抜けすぎ」

いつものように悪態をついた。
いつものように突っ込まれて終わる。それがお決まりの光景。

「家康、今みたいに笑った方が絶対いい!」

顔を輝かせ力説するさえりに、家康はハッとした。思わず口元を押さえる。

――俺は今、笑っていた?

家康は戸惑う。

さえりへの気持ちに気付いて以来、意識し過ぎて、笑う事など出来なかった。さえりの前で、初めて笑えた。

「あっ、そういえば。こないだはありがとう。それとごめんね」

さえりから急にお礼と謝罪を言われ、家康は首を傾げた。

「何の話?」

「光秀さんが毒矢を受けた時の話」

「ああ、目の前で口移しを見せつけた事?」

からかうと予想通り顔を赤くしたさえりが、違う!と叫ぶ。

「家康のせいじゃないって、家康は光秀さんを守ってくれたって、ちゃんとわかってるから」

家康は記憶を辿る。そして思い出した。光秀隊が奇襲された時に、任せてと言ったのに毒矢で苦しむ光秀を連れ帰り、さえりに謝った事。

「馬鹿だね」

謝る事なんて何一つ無いのに、ずっと気にしてたのかと思うと、少しだけ泣きそうになった。そして何も言わなくても分かってくれる人がいる喜びを噛みしめた。


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