第33章 あなたがこの世に生を受けた日 <彼目線>
その夜。予定より少し遅くに帰ってきてしまい、大急ぎで自室に戻る。さえりは既に帰ってきており、心の赴くまま、勢い余ってそのまま後ろから抱きしめた。
「ただいま」
「光秀さん……! おかえりなさい」
振り返ったさえりに口づける。さえりは裁縫箱に入れておいた恋文に気づいたようで、それを胸に抱いていた。
「さえり。色々と考えてくれたのだな。とても驚いた。ありがとう」
今度は正面から抱きしめ、心からの感謝の言葉を素直に伝える。さえりは感激しているようで、微かに震えていた。
「光秀さんも、素敵なお返事ありがとうございます」
さえりが抱きしめ返してきた。あの俳句で喜んでくれたのなら何よりだ。ふと、あの日に馬上で約束した事を思い出す。
「驚いたら言うことを聞くと約束をしていたな。何がいい? 何でもいいぞ」
(馬に乗れるようになっただけでなく、洋服の贈り物で驚かせた挙げ句、さらに文と文鎮とは。一本も二本も取られた気分だ)
おでこをコツンと合わせて問いかけると、さえりは少し考えた後、口を開いた。
「じゃあ、来年の誕生日もお祝いさせてください」
「そんなことでいいのか」
(何と無欲な。他に色々あるだろうに)
驚くが、さえりは嬉しそうにクスリと笑う。
「出来れば、楽しみにして貰えると嬉しいです」
(これはもう、観念するしかないな)
誕生日など、取るに足らないもの……そう思っていた固定観念を根底から覆された。
「わかった。お前と過ごす来年の誕生日、楽しみにしていよう」
本当に来年の誕生日が楽しみになっていた。次はどんなことをしてくれるのだろうと。想いのままにさえりの髪を撫でた。
(だが、それだけで済ませる気はない)
「それから、お前の誕生日も楽しみにしておけ。驚かされるだけというのは性に合っていないのでな」
「はい」
一体何を想像したのだろうか? さえりは赤い顔で頷いた。
(それでいい。せいぜい楽しみにしておけ)
さえりの唇を奪い、徐々に深く口づける。今宵はどうやって啼かせようか? 例に漏れずとろとろにとかしてやろう――
心に芽吹いた新たな想いに少しだけ戸惑いながら、今宵も愛しい人を腕の中から離さないのだった。