第8章 怒り
納期が迫っている。
さえりは眠い目を擦りながら、着物を縫っていた。明日の午後には客先に届ける予定になっている。最後の総仕上げだ。
「さえり、もう夜も遅い。そろそろ寝ろ」
「ん、でもあと少し……」
先程からさえりと光秀の間で、同じ会話が何度となく繰り返されていた。
「朝にした方が効率が良いだろう」
「ん、もうちょっと……」
さえりは全く聞いていない。完全に生返事だ。光秀はため息をついた。
「さえり」
光秀がさえりの手首を掴む。さえりは驚いて光秀を見た。
「俺を怒らせたいのか」
「あ……」
光秀に心配をかけてしまっている。でも、納期が迫っているし、あと少しだけしたい。どうしよう……と悩む。
さえりが迷っていると、光秀はさえりの手を引き寄せた。
「では、お前に選ばせてやろう」
ニヤリ、と光秀が意地悪く笑った。
「このまま大人しく褥に入り目をつむるか、それとも」
光秀の指がトンっと軽く胸を叩く。
「今から朝まで、お前が意識をなくすまで俺に抱かれるか」
妖艶な表情を浮かべた光秀の顔がぐっと近づく。
「選べ」
どちらの選択肢でも着物を縫うことはできない。更に朝まで抱かれたら絶対に納期に間に合わない。
「ね、寝ます!」
さえりは慌てて縫いかけの着物をしまい、褥に潜り込んで目を閉じた。
残念だ、と笑う光秀の声が聞こえる。
抱かれるのが嫌な訳じゃないんだけど……と思いながらも、さえりはすぐ眠りに落ちていった。
「全く、手のかかる……」
光秀はすやすやと眠るさえりの髪をしばらく撫でていた。