第33章 あなたがこの世に生を受けた日 <彼目線>
木々がうっすらと色づき始めた秋口、雲ひとつない澄み渡った空の下――
乗馬の練習をするさえりと、それに付き添う光秀の姿があった。馬に乗れないと不便だからと、光秀はさえり乗馬の練習へと連れ出していた。
(俺と出掛ける時は同じ馬に乗ればいいが、選択肢は多ければ多いほどいいからな)
さえりに乗馬の基本を指導する。
「姿勢を正して、体の軸に重心をおけ」
「こうですか?」
「そうだ。なかなか筋が良い」
何度か馬に乗せられているからだろうか、さえりは早々にコツを掴んでいるようだった。その時何か思い出したのだろう、さえりがふるりと馬上で身体を震わせる。
「何度か光秀さんの早駆けに乗せられましたからね」
(軽口をたたく余裕があるのは良いことだ)
「あの程度、早駆けでも何でもない。お望みとあらば今度本当の早駆けに乗せてやる」
「結構です……!」
本気で嫌がるさえりを尻目に馬の様子を確かめる。
「そろそろ馬を休ませるか。さえり、厩へ向かうぞ」
「はい」
厩へ向かう途中、さえりが口を開いた。
「光秀さん。もうすぐ誕生日ですね」
「ん? ああ、そんなものもあったな」
「やっぱり忘れてましたね」
「興味が無いからな。たかだか生まれた日付というだけだろう。何がめでたいのかわからないからな」
身も蓋もない言葉にさえりは少し気落ちした様子をみせたが、それでも口を開いた。
「でも、折角ですから私はちゃんとお祝いしたいです。家臣の皆さんも安土の皆もそう思ってると思いますよ」
「そういうものか?」
「そういうものです」
そうか、と呟くものの、あまり気乗りはしない。本当に、よくわからないのだ。誕生日を祝うという感覚が。
(誕生日など、取るに足らないものだ。お前が祝いたいと思う気持ち自体は有難いのだがな)
その間もさえりは必死に説得を続けている。
「そうだ、何か欲しい物はありませんか? それを楽しみに過ごせば少しは待ち遠しくなるんじゃないですか」