第30章 海
暗くなってきた夜道を、月明かりだけを頼りに馬を走らせる。
さえりは今日1日の事を思い出して気づいたことがあった。
「ねぇ光秀さん、聞いて良いですか」
「ん……?」
「もしかして、私が現代でしていたことを……全部してくれたんですか?」
海に行く事を決めた日、何気なく話した現代での事。
――私のいた時代では、海で泳いだり、バーベキューと言って皆で御飯を食べたり、夜には花火をしたりするんですよ
泳ぐ代わりに海で足を浸し、バーベキューではなくお弁当を食べ、そして夜には線香花火。
それならば、照れながらも光秀が海に足を浸した理由の説明がつく。
「さあどうだろうな」
「……ありがとうございます」
明らかに会話の流れとしてはおかしいのに、光秀は何も言わなかった。きっとそれは肯定だからに違いない。
本当に光秀は意地悪で分かりにくいがとてつもなく優しい。さえりは愛しくてたまらなくなった。さえりを支える光秀の手に手を重ねる。
「私も、早くあなたに触れたくなりました。……光秀様」
光秀が息を飲むのがわかった。
「……あまり煽ると御殿に着く前にお前の可愛い声を聞かせて貰うことになるが」
「それは困りますね。早く帰りましょう」
「そうだな。では少し速度をあげるか」
「程々でお願いしますっ」
「早くと煽ったのはお前だ。責任をとって貰わないと困るな」
「ええっ、そんな……!」
夜闇に光秀の楽しそうな笑い声とさえりの悲鳴がこだまする。2人を乗せた馬が安土へと走り去る姿を、月が優しく見守っていた――