第30章 海
暑かった風が少し落ちつき、夏の終わりを感じ始めたある日。
「えっ、お休みですか?」
「ああ、1日だがな」
普段忙しくてなかなか休みが取れない光秀が、久しぶりに休みを貰えると聞き、さえりは喜んだ。
「何処か行きたい所はあるか?」
行きたい場所を聞かれ、さえりは少し考える。
「……海を見に行きたいです」
もうすぐ夏が終わる。泳ぐ事は出来ないだろうが、この時代に来て以来、湖は見ても海を見た記憶がない。現代なら気軽に海へ行くことが出来ていたのに。なんだか海が懐かしい。
「海か。少し遠出になるな」
早めに出ないとな、と微笑む光秀を見ながら、さえりは海に思いを馳せる。
「私のいた時代では、海で泳いだり、バーベキューと言って皆で御飯を食べたり、夜には花火をしたりするんですよ」
「花火……聞いた事はある」
「花火、あるんですか!?」
ウキウキと思い出話をしていたさえりは、この時代にも花火があると聞いて、思わず身を乗り出した。しかしそんなさえりとは対照的に、光秀の表情は少し曇る。
「火薬を使う娯楽だと。……火薬は貴重なのでな」
「あ……そうなんですね……」
いつ戦が起こってもおかしくないこの時代。当然火薬は貴重なはずだ。しかし一瞬でも花火が出来るかもと思っただけにさえりはがっかりした。
それでもさえりは気持ちを切り替える。花火はなくとも、光秀と共に過ごせることに変わり無い。
「花火が無くても大丈夫です。貴方と過ごす時間こそが大切なので」
「可愛い事を言ってくれる」
光秀が愛おしそうにさえりの頭を撫でる。
「お弁当持って行きましょうね」
髪を撫でられながら、海デートを想像したさえりは弾む心を抑えきれないでいた。
その夜。
光秀は先に眠ったさえりの髪を梳きながら、物思いにふけっていた。
「花火、か……」
光秀の呟きは夜の闇に吸い込まれて消えた。