第29章 約束
光秀の御殿を訪れた秀吉は、打ち合わせが終わると、こほん、と一つ咳払いをした。
「あー、さえりとは仲良くしているのか?」
内容を書き留めていた光秀が筆を止め、秀吉を見る。
「どうした急に」
「いや、さえりに想い人がいるんじゃないかって噂があってだな……」
ただの政宗の勘だが、噂という事にして、光秀に鎌をかけてみる。
「情報源は政宗か」
「まあな」
すぐに見抜かれてしまい、秀吉は照れ隠しに頭を掻いた。
「お前に諜報は向いてないぞ」
「うるさい。で、どうなんだ」
鎌をかけても正面きっても、どうせ腹を割らないのだ、この男は。
「さえりの想いなど、さえりにしかわからないだろう。直接聞いてみたらどうだ」
「そうだな、悪かった。変なこと聞いて」
正論を言われ、ぐうの音も出ない。仕方なく帰ろうと立ち上がった秀吉は、ふと振り返った。
「想い人かどうかは別にして、あまりさえりをからかい過ぎるなよ」
「それは約束できないな」
あいかわらず光秀はニヤニヤしている。全くどいつもこいつも困ったものだ。
「明日、また来る」
ため息をつきながら、秀吉は光秀に背を向け御殿を後にした。一瞬、光秀が浮かべた優しい笑みには気づかないまま……