第7章 美酒
ある日の夕刻。
光秀とさえりは一緒に夕餉を食べていた。
「ええっ、あれ嘘だったんですか!?」
「何だ、お前あれを信じていたのか?」
あれ、とは――
さえりが熱を出して寝込んだ時の事。
家康が処方してくれた薬を、さえりは自分で飲んだと光秀に聞いていた。
それが嘘だったと、さえりは今知ったのだ。
「じゃあ、どうやって飲んだんですか?」
「知りたいか?」
光秀はさえりの隣に座り、お猪口の酒を一口、口に含んだ。
そのままさえりに口づける。
甘いお酒が光秀を通して直接さえりの喉を潤していく。
「わかったか?」
光秀はニヤリと笑う。さえりは頬を赤く染めたあと、俯き呟いた。
「ずるいです……」
「ずるい?」
意外な言葉に光秀は少し驚く。
「だって、熱を出したのって恋仲になる前ですよね。あの頃、私だって、口づけ、したかったのに……」
光秀は意表を突かれた。頬が少し赤く染まる。
さえりは時々、予想外に恐ろしく可愛い事を言うから困る。本人は無自覚だから余計にたちが悪い。
「ではやり直すか」
光秀は近くにあった徳利を手に取った。
「無理をさせているか?」
「えっ?」
光秀は急に何を言っているのだろう。さえりは目を丸くして驚いた。だが、光秀は珍しく至極真面目だ。
「さえり、薬だ。飲めるか」
背中に手をあて、光秀が徳利をさえりの唇にあてがう。
「あ……」
これは、もしかしてあの日の再現?あの時の事、教えてくれてるの…?貴方はそんなことを言っていたの…。
「やれやれ……、……」
光秀はその先を言いかけて、止めた。
じっ、と少しの間さえりを見つめる。
さえりも光秀を見つめた。
ふっ、と光秀が柔らかい笑みを浮かべた。
「さえり、愛している」
「だから、俺が薬を飲ませてやろう。お前だからだ。お前に、だけだ」
「……!」
さえりは気が付いた。熱で知らなかったとはいえ、あの頃の光秀がこんなことを言うとは思えない。
光秀が笑ったその時から、『やり直し』しているんだ。
嬉しさと切なさと、愛しさがごちゃ混ぜになる。
ぽろり、と何故か涙が一粒こぼれ落ちた。