第28章 尾行
光秀から聞かされたのは、1日中手を繋ぎ、その日は絶対に離さないというものだった。
「そんなのでいいんですか?」
そう言ってしまった事を、さえりは後悔していた。
町中を手を繋ぎながら歩く事は恥ずかしながらも嬉しかったのだが、城の中でまでも、はては軍議でも手を繋いだままで、他の武将からは呆れられ、茶化されたのだった。
今は食事処で、変わらず手を繋いだままだ。
「さえり、食べさせてくれ」
あーん、と口をあけて光秀が待つ。
「あの、流石に恥ずかしいです……」
周りからの視線をヒシヒシと感じながらさえりは光秀に訴える。
「お前の謝罪の気持ちはその程度だったか」
光秀は首を横に振りながら悲しそうな顔をしてみせた。
「う……、もう、口をあけて下さい」
その悲しそうな表情は絶対嘘だと思いつつ、箸で摘まんだ里芋を光秀の口へと運ぶ。
「どれ、お前にも食べさせてやろう」
蓮根を箸でつまみ上げ、口元へと差し出される。さえりは光秀を見つめ目で訴えたが、表情を変えない光秀に観念して、蓮根にかぶりついた。
「口に付いているぞ」
わざわざ繋いだ方の手を使い、唇を親指でなぞられる。光秀がその指をぺろりと舐めた後、そのまま手の甲に口づけられた。
「光秀様が浮気をしてさえり様と仲違いをしているという噂は嘘だったようだな」
周りからはひそひそと話し声が聞こえる。作戦としては大成功だ。
「あの、もう十分なんじゃ……」
「今日1日の約束だろう」
さえりは、はぁ、とため息をつく。そこではたと気がついた。
「……まさか湯あみもこのままですか?」
「愚問だな。身体中、隅々まで洗ってやる」
光秀の指が頬に触れたかと思えば、ツーと首筋を通り、袷と肌の際をなぞっていく。
そのあやしい触れかたに、うっかり想像してしまったさえりはカーッと顔が熱くなった。
「お前も洗ってくれるだろう? まさか嫌とは言わないな」
恥ずかしさと期待に膨らんでしまったさえりは赤い顔を俯けた。
光秀の作戦通り、浮気をしているという噂は程なくして消えた。残ったのは、蘭丸は男でさえも魅了される程の悪魔的可愛さだという噂だけだった。風評被害かとも思われたが、可愛いのは認めるけどさぁー、と頬を膨らませる蘭丸はやはり可愛いのだった。