第6章 大名
光秀は地下牢を歩いていた。囚人に尋問をした帰りだった。
薄暗い道を歩く。
長時間、牢に閉じ込められたらさすがに気が滅入りそうだと光秀は思う。
特に最近はさえりという眩しい太陽のような存在が近くに居る。自分は闇では無いと思わされる。太陽でなくとも、月ぐらいにはなれる気がする。
その時。
「明智光秀!」
自分の名を呼ばれた。
安土にも敵は多い。光秀は驚かずに振り向いた。
「これはこれは……どちら様でしたかな」
普段なら無視して通りすぎるが今日は何となく気が向いた。
「黒陽だ! 忘れたとは言わせんぞ!」
黒陽が息巻いた。髪は伸び、無精髭が生えて、豪華だった大名は今や見る影もない。
「密書を交わしたのは確かにお前だったはずだ! 小汚ない手を使いやがって!」
「謀反を画策していた者に小汚ないと言われるとはな」
光秀は笑みを絶やさない。
「俺の意見に同意すると言っていたではないか!」
「全てに同意した覚えはない。同意したのは『民がいないと国は成り立たない』という部分だけだ」
「屁理屈だ! この化け狐め!」
「誉め言葉として受けとっておこう」
暖簾に腕押し、糠に釘。とはこの事だ。
「覚えていろ! 此処から出たら復讐してやるからな!」
「それは怖いな」
光秀はさして驚かない。
「全員だぞ! 徳川も、織田家の姫も……」
そこまで言ってから、黒陽はただならぬ雰囲気を感じて語尾を濁した。
殺気。
光秀は敢えて感情を隠さなかった。
鋭い眼光で黒陽を射抜く。
「もし、あの女に何かしてみろ」
「満足に過ごせると思うなよ」
凄みのある低い声で光秀は言った。
黒陽は恐れをなしコクコクと小刻みに頭を縦に振る。
光秀はそれを確認すると、黙ってその場から立ち去った。