第3章 幸せな時間
「兄さま」
鈴の音のような声がして、本から声の主に視線を移した。
視界に入るのは小さな幼子。
つやつやさらさらした射干玉の髪、白い肌、ほんのり色づいた頬、紅くふっくらとした唇。
長いまつ毛が影を作る、大きくて真っ黒な瞳の奥では紫の焔が揺らいて神秘的だ。
将来は母を超える美人になるだろうし、今でも美幼女だ。
供を連れずに町でも歩かせたら、間違いなく「3歩歩けば誘拐される」。
元々彩雲国には美形が多いが(旺季様然り、飛燕様や毛色は違うが陵王様や皇毅も。甘ったるいが晏樹も)、それでも滅多に見かけない次元だ。
かわいい。
梨雪は本当にかわいい。
僕は順調に兄馬鹿街道を驀進している。
…僕らしくもなく。
さて。
僕たちが紅山に梨雪を迎えに行ってから2年が経った。
あの時新生児だった梨雪は2歳になり、歩いたり話したりする。僕の妹は“鳳麟”の妹らしく優秀だ。
僕のやったことといえば、文字を一通り教えただけ。
僕の読んでいる本をのぞき込み、一回見れば(読むというには早すぎる)その内容を全て覚えてしまう。
その上、話したことも一言一句違えずに覚えている。
本人は隠したがるが。
天つ才に違いない優秀さは、現時点で僕の知識に匹敵する。
頭のキレは僕より遥かに上だ。
兄としては何とも情けないが、そのお陰で一族秘伝の毒は、梨雪が本格的に勉強を始めて1年で調合した薬で綺麗さっぱり解毒されてしまった。
一族秘伝の名が廃る。おばばが知ったらどう思うだろうか。
「これ、のんでください。おくすりです」
唐突に何の気負いもなく、一歳半の妹に渡されたそれは、いつのまにか師匠にしていた医仙とも呼ばれる葉棕庚先生お墨付きの、梨雪が開発した今までになく高性能の解毒薬だとか、本当に驚いた。
どうしたのかと聞けば、僕が煽った毒を晏樹から預かり、それを葉先生のお手伝いをしつつ解析して調合したそう。
僅か一歳になったばかりの幼子が?
やっぱり僕の妹、すごく優秀だ。
危険な毒を梨雪に渡した晏樹が、僕含めた皆から烈火のごとく怒られたのは当然だろう。
晏樹はといえば、旺季様まで怒られて拗ねて、家出しようとして、
「わたしはうれしかったよ、ありがと」
という梨雪の言葉で一瞬で機嫌を直してにへらんとしていた。
本当、晏樹はむかつく。
まぁ、既に腱が切れてしまった足はどうにもならなかったが。
