第8章 隠れ家にて
常務取締役ってことは、結構上の役職の人って事?
わざわざ書いてあるってことは平社員じゃないわよね。
貴族様なんだし、立派な肩書くらいは持ってても不思議じゃないか。
「それにしても、なんで天秤? 法律事務所か何か?」
『ライブラ』の文字の上には、天秤のイラストが描いてある。
天秤……平等、公平、正義の女神。
慈善事業の会社にしてはちょっと硬いモチーフな気がするけどな。
「あ、お帰り」
扉が開く音がして、そっちに視線を向けるとイアンが帰ってきていた。
少し疲れた顔をしている。
そういえばずっと誰かを操ってるのはしんどいって言ってったっけ。
この隠れ家の為に、幻術使いを操り続けているから疲れが溜まっているのね。
「ただいま。寝てて良かったのに」
「寝付けなかったから、ついでに待ってただけ」
「そう。…それ、何?」
冷蔵庫から飲み物を取り出しながら、イアンの目は私の手にある名刺に注がれていた。
「これ? クラウスって人の名刺。アメリアがもらったんじゃない? 寝室のドアの前に落ちてた」
「貸して」
「はい」
名刺を受け取ったイアンは、穴が開くくらい名刺を見つめている。
「そんなに睨んだってなにも出てこないよ。ただ会社の名前とクラウスって名前が書いてあるだけだし」
「いや、違う」
イアンが、名刺の裏側を私に見せてくる。
滲んでよく分からなくなっている部分を指さして、イアンが口端をあげて笑った。
「これはミスタ・クラウスの連絡先だ」
「だけど滲んでしまってよく分かんないわよ。…それに、もし連絡先が分かったからって何かいい事ある?」
「あるさ。リアも見てただろ、この男の力」
「血の十字架を操ってたやつ?」
「そうだよ。彼はその力で、僕が暴走させた異界人を止め、列車も受け止めた。彼の力があれば、僕はもっと強くなれる。復讐には、力がいるんだ」
イアンの目が、ギラギラと光った。
彼の事を大好きな私でさえ、背筋に冷たいものが一瞬走る。
ゾクリと粟立った肌は、恐怖からなのか。それともこれから起こる事に対する高揚からなのか。
「…ミスタ・クラウスを“仲間にする”のね」
そう呟いた私に、イアンは満足そうに頷いた。