第4章 邂逅
心の底に滓(おり)のように溜まった憎しみをぶつける相手が定まらない今、その行き場のない憎しみを、兄さんは他の大人達にぶつけるしかないのだろう。
「…もう、忘れましょう。過去の事は。これからは前を向いて生きていきましょう。せっかく教会の外に出られたのよ? 私達はなんだって出来るのよ」
そう、自分に言い聞かせている部分もあった。
兄さんを諭すようにしながら、その実、自分に暗示をかけていたのかもしれない。
けれどそうでもしなければ、私は心を保てなかった。
「…忘れる? 忘れられるはずがない」
兄さんの低い声に、体がビクリと震えた。
兄さんは鋭い目を私に差し向け、そしてグイっと私の襟元をめくった。
兄さんの指が、首の付け根と鎖骨あたりを優しくなぞる。
そこには、忌々しい記憶を呼び起こす、刺青が彫られている。
『515』
それがあの場所での、私の名前だった。
「たとえ、この刺青が消えたとしても、体に刻まれた痛み、苦しみは未来永劫僕たちの体から消えることはない!」
──やめて。
「この口で、何度男のものを咥えさせられた?! 何度あの苦い味を味わわされた?!」
──やめて、やめて。
「泣いて許しを乞うても、ヤツらは許しちゃくれなかった! 何故僕たちだけが我慢をして、忘れてやらなきゃならないんだ!!」
──もう、聞きたくない!
耳を塞ぐ。
兄さんの言葉はまるで呪詛のように、私の心に影を落とす。
教会を逃げ出してから、兄さんは変わってしまった。
こんなに、恨みにぬれた人じゃなかったはずなのに。
「…兄さん、言ってたじゃない。いくら体を汚されようとも、魂だけは僕らのものだって」
耳はまだ塞ぎながらも、兄さんの心に届くように語りかけた。
私を優しく励ましてくれていた頃の、兄さんに戻ってほしい。
私の願いはそれだけだった。
「そうだ。魂だけは、僕らのものだ」
ふと、兄さんの顔に穏やかな笑みが宿る。
憎しみの炎が瞬間立ち消えたように思え、心のどこかでホッとしていた。
「もうこれ以上、他の人を傷つけることはしないで」
兄さんに嘆願するように言う。
けれど彼は、私の望みなど微塵も叶える気などないといった顔で、笑った。
「何を言ってるんだ? これからじゃないか。まだ始まったばかりだよ──僕らの復讐は」