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【血界戦線】歌声は遠くに渡りけり

第23章 You raise me up.



─アメリアの自室─

 心が落ち着く時間というのは、人によって異なる。
私の場合は、まっさらな布に針を刺している時間がそれにあたる。

 今日は朝早くからクラウスさんは外出してしまっていて、寂しさや不安がつきまとっていた。
頭では分かっている。
四六時中私に構っている暇は彼には無いし、ただでさえお世話になりっぱなしなのにワガママを言って引き留める訳にはいかないのだと。

 それでも私の心は彼を求めていて、どうしようもなく落ち着かなかった私は、針を握った。

 ハンナ達もきっと私と同じように不安な日々を過ごしているに違いない。
真っ白なハンカチに針を刺しながら、養護施設に行ったみんなの事を考える。

 すぐに会いに行くと約束したのに、あれからもう何週間経ってしまっただろう。
約束を破ったと私の事をなじっているだろうか。
『早く会いに来て』と言って泣いてはいないだろうか。

 養護施設ではちゃんといい子にしているだろうか。
きちんと食べて眠れているだろうか。他の子供達とうまくやれているだろうか……。

 考えれば考えるほど、不安は尽きない。

 いつもなら、刺繍をしている間は心穏やかにいられるのに、今日に限ってはそれは難しいようだった。
無心で針を刺せれば良かったけれど、どうしてもあの子達の顔が浮かんでしまう。

 もうそろそろ、みんなに会いに行けるだろうか。
ここしばらく治療やらなんやらでそういった話をクラウスさんと交わすことも出来なかった。
今日クラウスさんが帰ってきたら尋ねてみよう。

 この刺繍をほどこしたハンカチを持ってみんなの元へ会いに行きたい。
そして長い事会いに来られずにごめんね、って謝らなくちゃ。

 私はそれから一心に、ハンカチに刺繍をほどこしていった。


**************

 刺繍が仕上がって顔を上げると、時間は正午を少し過ぎたところだった。
クラウスさんもそろそろ戻って来る頃だろう。
応接室へと続くドアを開けて、そっと中を回し見る。

 応接室のパーテーションで区切られた一画に、クラウスさんの姿があった。クラウスさんの他にももう一人誰かの影が、ガラスで出来たパーテーションの向こうに見えた。
どうやら誰かとお話中のようだ。

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