第4章 邂逅
『FREE(無料)』『God's will(神の御意志)』
真っ赤な文字で書かれたポスターを横目に、クラウスとスティーブンはギルベルトの運転する車でライブラの事務所へと向かっていた。
「あのポスターを見ない日はないな。...急にどうしたんだか。あのドーナツ屋から急速に広まったな」
街のあちこちに貼られたポスターを眺めながら、スティーブンは後部座席のクラウスに話を振った。
「そうだな。…人々が善き行いを広めようとするのは喜ばしい事だ」
ゆっくりと頷きながらクラウスが言う。
「ポリスーツまで出動しちゃって。警察も大変だな」
通り過ぎた店の前では、警察が周囲を監視していた。
「仕方あるまい。ここのところどこの店でも騒動が起きていたからな」
最近あちこちで目にするようになった『FREE』『God's will』の二つの言葉。
水面に広がった波紋のように、“慈善活動”の波は瞬く間に広まっていった。
しかしその“慈善活動”によって引き起こされるのは、良い影響ばかりではなかった。
“善”とは程遠い、争いや暴動も同時に引き起こされ、ヘルサレムズ・ロットの日常はますます騒がしくなっていった。
無償のものを求めて人が集まり、我先にと配布される物品に手を伸ばす。
やれ横取りされただの、奪われただの、生き物の持つ内なる闘争心を煽られたように、小さな小競り合いが始まり、それが伝播してやがて大きな争いへと変化していく。
今では警察の許可が無ければ、こういった慈善活動が行えないようになってきていた。
「なんだか矛盾している気もするね」
「矛盾、か」
スティーブンの言葉に、クラウスは、ふむと顎に手をあてて考え込む姿勢になった。
「“善き行い”が、争いを生む。─じゃあ果たしてそれは本当に“善き行い”なんだろうか?」
「ふむ……難しい問いだな」
そう言ってそのまま沈黙して固まってしまったクラウスに、スティーブンは困ったように笑う。
「悪い、クラウス。そんなに真面目に考えこまないでくれよ。軽い雑談のつもりだったんだから」
「そうか。いやしかし、これは興味深い議題だ」
また考え込み始めたクラウスを見て、スティーブンは頭をかいた。