第19章 熱にうかされたふたり
ライブラ事務所に身を移した翌日、私はミスタ・クラウスに抱きかかえられていた。
「……外出する方が負担だったろうか、すまないミス・アメリア」
ゆっくりとベッドの上に私を下ろして、ミスタ・クラウスはすまなさそうに言った。
「いいえ……ご迷惑をおかけして、申し訳……」
謝る私の言葉を遮るように、ミスタ・クラウスは首を振る。
そっとかけられた上掛け布団に沈み込んでいく私の額に、ミスタ・クラウスの大きな手が触れた。
──私は体温が高い方でな。
以前、ミスタ・クラウスが仰っていた言葉がふと頭に浮かんだ。
大きくて温かい……はずのミスタ・クラウスの手は、今はとても冷たく感じる。
息を吐くだけでも自分の体がどれほど熱を持っているのか分かる。
何があったわけでもないのに、涙が滲む。
熱のせいだとお医者様にも言われたけれど、涙目で見上げているからか、ミスタ・クラウスが悲しそうな顔をされる。彼にそんな顔をさせてしまう事を申し訳なく思う。
「迷惑などと思っていない。私が君の世話を焼くのは当然の事だ」
「ありがとう……ございます」
「ゆっくり寝ているといい。…少しだけでも、何か口にしておいた方がいいと思うのだが……食欲はあるかね?」
「……いえ、あまり……」
首を振って答えると、ミスタ・クラウスは少し困った顔をされた。
お医者様の診断によれば、疲れからくる風邪だろうという事だった。
風邪。
体調を崩すなんて久しぶりの事だった。
それにこんな風に誰かに甲斐甲斐しくお世話をしてもらうなんて、教会ではほとんどなかった。
たとえ体調が悪くたって、毎夜の勤めは免除されることなどない。
熱を出していても、吐き気があっても、お客がくればその相手をしなければならなかった。
だから、今こうしてただベッドに寝かされているこの状況に、なんとも言えない気まずさを覚えてしまう。
「スープはどうだろう。ギルベルトが用意してくれているのだが……」
ミスタ・クラウスの手には真っ白なスープボウル。
そこから立ち上る湯気がスープの優しい香りを運んでくる。
とても美味しそうな香り。
思わずごくりと唾を飲み込みそうになる。
けれど、今は何も口に出来ない。
そう言わないと、ミスタ・クラウスはきっと……。