第18章 ライブラへようこそ
慣れた手つきでカップに注がれた紅茶は、透き通った綺麗な赤褐色をしていて、覗き込んだだけで豊かな香りが鼻腔をくすぐった。
「それでは私は他の方々のお茶の用意がありますので、失礼いたします。どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ」
流れるような美しい所作でミスタ・ギルベルトが頭を下げ、静かに部屋を出て行かれた。
残された私とミスタ・クラウスは、紅茶とスコーンを目の前にしてしばし見つめ合っていた。
「……ミス・アメリア、いいだろうか」
「は、はい……」
椅子から立ち上がったミスタ・クラウスがゆっくりと近づき、私の前でひざまずく。
ミスタ・クラウスにそんな姿勢をとらせてしまうのが申し訳なく思ったものの、私が何か口にする前に、ミスタ・クラウスはそっと唇を重ねてきた。
「…私は……」
ミスタ・クラウスがじっと私の目を見つめたまま、何か口にしようとしている。
「……?」
見つめ返すと、彼の眉根が少しだけ寄せられた。
「私は、君の力になりたい。……ただ、それだけだ」
言って、ミスタ・クラウスの顔がまた近づく。
彼が何を言わんとしているのか、なんとなく気が付いてしまった。
ミスタ・クラウスはこの“儀式”に罪悪感を覚えているに違いなかった。
その罪悪感を薄めるため、このキスは正当な理由があるのだと、己に言い聞かせているのだろう。
ズキンと胸が痛む。
分かっていることなのに。
ミスタ・クラウスが義務感で口づけをしてくれていると、分かっているはずなのに。
想うだけで、叶うはずもない。
そばにいられるだけ幸せなのだと、必死に言い聞かせて、私はミスタ・クラウスの口づけを受け入れた。