第16章 Virgin Mary of Hersalem's Lot
目を開けると、真っ白な天井が浮かんでいる。
かすかに、消毒液の匂いがする。
病院で目を覚ますのも、もう何度目だろうか。
起き上がろうとすると、病室の奥で人影が動いた。
同時にギシリとパイプ椅子の軋む音がして、そちらに目を向けると、ミスタ・クラウスが私の体を起こそうと背中に手を伸ばされていた。
私は病人でも、重傷人でもないのだけれど、ミスタ・クラウスはそばに居て下さるときは常にこうやって甲斐甲斐しく私の世話をされる。
彼が私の事を心配してくださっているからそのように行動されるのだと分かってはいるけれど、ここまで手厚く世話をされるのは申し訳なく気恥しいものだった。
「おはよう。よく眠れたかね」
「おはようございます。ええ、薬のおかげでなんとか」
「そうか、よく眠れたのなら何よりだ。…今日は顔色もいい」
そっと、ミスタ・クラウスの手が頬を撫でた。
診察室でのあのキスの記憶が一気に蘇り、頬に触れる彼の指先がやけに熱く感じた。
「心配していたのだよ。ここに来た時は君はうなされてばかりだったからな」
ミスタ・クラウスにやましい感情はなさそうだった。
私ばかりが痴情におぼれた思考をしているようで、少し恥ずかしくなる。
考えていることを悟られまいと、視線を明後日の方向へと飛ばした。
「そうですね……嫌な夢ばかり見ていましたから……」
教会から逃げ出しただけでも大きな出来事だったというのに、その後も怒涛のように次々と変化が押し寄せて、いまだ自分の置かれている状況が夢じゃないかと思うくらい、私はまだこの状況に慣れていなかった。
そのせいか、夢見は最悪で。
夜、病室で私を見守ってくださっていたミスタ・クラウスやミスタ・オブライエンが揺り起こしてくださるほど、毎夜悪夢にうなされていた。
心配されたお二方がミス・エステヴェスに進言されて、私はまた新しく薬を処方されることになり、そのおかげで睡眠に関しては随分と改善された。
「君は……その身に多くのものを抱えている。その荷を下ろすことは容易くないだろうが……私が共に支える。その為に出来る事なら何でもしよう。遠慮なく頼ってくれたまえ」
どこまでも、ミスタ・クラウスはお優しい。
この方の優しさは底なしなのではないかと時折思ってしまうほど。
