第15章 対価の代用
「──という事で、カウンセリングの一環としてミスタ・クラウスとキスをしてみてはどうかしら」
病院に来てから3日目の朝。
私はミス・エステヴェスからカウンセリングについてのお話を聞いていたはずだった。
はずだった、のに。
暗示を少しずつ解いていくために必要な事だと説明をされたものの、それがどうしてミスタ・クラウスとのキスに繋がっていったのか、事態を飲み込むには時間が必要だった。
場を和ますためのジョークではない事は、ミス・エステヴェスの大変真面目なお顔を見れば分かる。
冗談のようなその提案に何とも答えられないでいる私に、ミス・エステヴェスは言葉を続けた。
「相手がミスタ・クラウスではご不満かしら?」
「えっ、いえ……そういう、わけでは……むしろミスタ・クラウスはどう思われているのですか……?」
何度かお会いして、兄や教会の事で繋がりが出来た相手とはいえ、ミスタ・クラウスにとって私はただの“他人”に過ぎない。
いくら彼が他人の為に情けをかけられる方とはいえ、他人にそう軽々しく口づけを出来るものだろうか。
私の暗示を解かずとも、ミスタ・クラウスは別にお困りになることはないだろうし……。
「貴方が了承してくれれば、喜んで協力すると仰っていたわ」
「そう、ですか……」
「信じられない、って顔ね」
「ええ…だって、ミスタ・クラウスにそこまでしていただく理由がありませんもの。そこまで私に力を貸してくださる理由が、分かりません」
「そうねぇ……彼には理由なんて必要ないんじゃないかしら。ただそうあるべきだと思って行動する人だから」
「……よく、分かりません」
理由が必要ない、なんて。
確かに、下心も無しに私を高級ホテルに連れて行き高価な服を買い与えるような方だから……
いえ、でもそれとこれとはまた話が違う気もするし……
「このまま点滴だけでは、本当にただ“命を繋ぐ”だけになってしまう。食事を取らなければ人体改造でもしない限り、寝たきりで、死を待つだけの存在になる。そうは、なりたくないでしょう?
カウンセリングにはそれなりの時間を要するわ。無理に暗示を解こうとすれば、必ず他に大きなひずみが起きる。
それを避けるためにも、セックスに代わる手段の確保が必要なのよ」
他に選択肢はない、と言われているようだった。