第12章 対価
先ほど苦しそうにえづいていたアメリアの姿を見たからか、余計にクラウスは彼女の暗示をなんとかして解きたいと願っていた。
少しでも可能性があるのならと、藁にもすがる思いだった。
「今、彼女の中で“対価”は“性行為”になっている。その“対価”の内容を他のもので代用させるの」
「他のもの……」
「要は、性的興奮が得られればいいわけよ。性行為より手軽なものであれば、例えばキスとか」
「…………」
クラウスは押し黙っている。
ルシアナの提案は、先ほどの身も蓋もない提案に比べれば幾分かマシではあったものの“性的興奮”のワードがぐるぐるとクラウスの頭の中を駆け巡っていた。
「ほら、魔法を解くのはいつだって“キス”でしょ?」
「それは、御伽噺の話では」
「いやぁね、ミスタ・クラウス。私真面目に話してるのよ?」
「……しかし」
キス、とは。
恋人同士、あるいは好き合う者同士が行う行為だ。
そう簡単に、軽々しくアメリアに提案できる気がクラウスにはしなかった。
「最終的には“対価”無しに彼女が食事をとれるようになるのが目標だけど。その為には、段階を踏んで彼女の暗示を解いていく必要があるの。いきなり取っ払うのは無理よ」
「それは理解しているつもりだが……」
「気持ちがなければ、キスは出来ない? なら誰か他の人に」
「いや、それは」
クラウスがすぐさまルシアナの言葉を遮ったことに、少なからず驚いたルシアナだったが、これ幸いと畳みかけるようにクラウスに問いかけた。
「あら。なら貴方が協力してくださる? ミスタ・クラウス」
「…………ミス・アメリアが、承知してくれれば協力しよう」
「大丈夫。きっと返事は“イエス”だわ」
ルシアナは上機嫌で笑っていたが、クラウスの気持ちはどこか悶々としていた。
アメリアの過去を知った今、そう簡単に彼女に性的な接触を試みるのは良い事に思えなかった。
それがたとえアメリアの命を繋ぐことになるのだとしても、彼女の歩んできた過酷な道を思えば、クラウスの心はグラグラと落ち着かず揺れるのだった。