第7章 ✼月見草✼
§ 謙信Side §
「ようやく動けるようになったんだな」
俺の回復祝いの宴では、信玄が一人楽しそうに笑っている。
他の者も楽しんでいるようだったが、どこか浮かない顔をしていた。
(俺の記憶が無いからか……?)
俺は記憶が抜け落ちている間に家臣となった者の顔を知らない。
俺の知らない家臣が一人ずつ俺の前へ出てきて名を名乗って言った。
「甘粕景持と申します」
俺よりも少し若い男は、酌をして戻っていく。
折角の宴だと言うのに、堅苦しくて少したりとも楽しくない。
だがこれも俺が記憶を無くしているからだ。原因が自分にあるからこそ、何も言えなかった。
そもそも俺を刺した者はどこの武士でもない、家も持たない放浪者。
そんな奴に俺が刺されるなどありえない。
信玄に聞いても、俺と相打ちになって死んだの一点張り。
確実に何かを隠しているが、それを明かそうとはしなかった。
それに加え、宴が終われば信玄にある部屋の前に連れていかれ
「ここの部屋には絶対に入るな。絶対だ」
と言われる始末。
俺の記憶ではここには誰の部屋もなかったはず。そもそもその記憶もかなり前の記憶ということになるのだが……
「何故だ。ここは俺の城でもある」
「謙信、俺は別にお前をからかってる訳じゃない。理由は言えない。……だがこの部屋には絶対に入らないでくれ」
いつもへらへらとした笑顔を見せる信玄が、柄にもなく真剣な顔でそう言うのなら本当に何かあるのだろう。
何も言わなければ空き部屋になど入ることはほぼない。
それでもあえて釘を刺すくらいには重要なことなのだろう。
「……分かった」
「すまないな。助かるよ」
渋々承諾すると、信玄は安心したように笑った。