第7章 ✼月見草✼
§ 謙信Side §
「目が覚めたのですね、謙信様!」
仮にも病人だという俺も気にせず、騒がしい足音を立てて部屋に入ってくる女。
「……誰だ」
「もう!忘れてしまったの?芝姫ですわよ」
芝姫……そんな名前の姫もどこかにいたかもしれないが女の名前などいちいち覚えていない。
それに俺は今無性に腹が立っている。
こうして寝ていることしか出来ず、刀もろくに振るえない。戦にも行けない。これほどまでに退屈な日々は無かった。
それに加え、目が覚めてからずっと何かが足りない気がしていた。
戦ではないかと思ったがそうではない。
大切な何かが無いのだ。
伊勢姫と想いあっていた時のような……いや、それよりも遥かに大きい何かが足りない。
俺の苛立ちに気付いているのかないないのか、芝姫は一人で話を進める。
「あぁ……記憶をなくしているんでしたわね。なら教えてあげます」
褥に手をついて俺の耳に唇を寄せる。
「あなたと私は恋仲ですのよ?」
「つまらない嘘をつくな」
眉を寄せると、芝姫は一人楽しそうに笑った。
「確かに恋仲というのは少し図に乗りすぎたかもしれません。正しくは貴方の正室になる女です」
「俺は正室など……」
「忘れてしまったのだから覚えがなくて当然です。私は愛が無くてもいいという条件で正室にさせていただいたのです」
愛が無い正室などどこにでも居る。
俺の知らない俺は、この女を正室とすることに納得したのだろうか。
「と、言っても……まだ口約束。他の方は誰も知りません」
ですからこの事は時が来るまで誰にも口外しないように……と念を押してから、芝姫は俺の部屋から出て行った。
「正室……」
ずっと胸に残っていたわだかまりの正体はこれだったのだろうか。
「……っ…」
思い出そうとすると頭が痛む。
今はこれ以上考えても無駄だ。
大人しく褥に横たわり、目を閉じた。