第6章 ✼弟切草✼
それから数日経っても謙信様は目覚めなかった。
私の傷も自分が思っていたより深く、痛みと毒の作用で自力で起き上がるのが精一杯だった。
「結様、夕餉のお時間です」
女中さんが声を掛けてくれるけれど、食欲もわかない。
「ごめんなさい。今日は大丈夫です」
「結様…目が覚めてから睡眠も食事もほとんど口にしていないと聞きました。このままではまた倒れてしまいます」
「はい…でもやっぱり今日は大丈夫です。明日はちゃんと食べますので……」
「……分かりました」
心配そうな声を残して女中さんがその場から立ち去っていく。
「…………」
そっと謙信様の頬に手を添えると、長い睫毛が少しだけ動いたような気がした。
「謙信様……っ…?」
僅かな期待を胸に手を握って何度も何度も謙信様に呼びかける。
すると、握った謙信様の手に力が入った。
「……うっ……」
ゆっくりと目が開き、何日ぶりかにみる違う双眸と目が合う。
「謙信様……!」
謙信様の目の焦点が合っていくのとは対称に、私の目は涙でぼやけていく。
「ここは……」
掠れた声が耳に響く。
「謙信様のお部屋です。目が覚めてよかった……っ…」
城の皆に伝えなければ……そう思った時、謙信様の眉間に皺が寄る。
「貴様は……誰だ」
「えっ…………?」
謙信様はまだ力が入らない腕で、私の手を拒絶した。
「やめろ。もう……女とは関わりたくない」
佐助くんは、謙信様の目が覚めても後遺症が残るかもしれないと言っていた。
私を知らないという態度が、払い除ける手が、私に現実を突きつける。
(私を忘れてしまったんですね、謙信様)
ある程度覚悟はしていた。だからこの場で泣き崩れずに済んだものの、頬を伝う涙は止められなかった。
「思い出せませんか……?」
私の声に促されるように謙信様は何かを思い出そうとするけれど、それと同時に頭を抑えて苦しみ出してしまった。
「…っ……もう一度聞く。誰だ」
謙信様は何かを思い出そうとする度苦しんでしまう。
そんな事私は望まない。
「この城の、ただの針子です……」