第6章 ✼弟切草✼
「ううん、違う……でも芝姫様に雇われた人だよ」
「やっぱり……刺した犯人はすぐに捕らえられたんだ。でも謙信様に個人的な恨みがあったの一点張りで」
芝姫様が言っていた通りだ。
自分は絶対に芝姫様の事を話さない、とそう言っていた。
「芝姫も、少し目を話していた隙に結さんが居なくなっていて、気付いたら二人が倒れていたっていうばっかりで……」
「私が本当の事を話せば芝姫様は捕まるの……?」
恐る恐る尋ねると、佐助君は静かに首を横に振った。
「普通なら君の言葉があれば捕らえられるんだけど芝姫は身分が高い。確実な証拠が無いと捕らえられないんだ。証拠が無いと言って彼女の父親に戦を仕掛けられても困るからね」
芝姫様がわざと自分と無関係の人間を使ったのは、こうなることが分かっていたからだろうか。
「首謀者を野放しにしておくなんてどうかしてるって皆思ってる。だけどどうすることも出来ないんだ……」
いつもはポーカーフェイスの佐助君からも苛立ちが感じられる。
自分の主君が刺されたんだ、当然のことだろう。
「君にもまた近づいてくるかもしれない。芝姫とはあまり関わらないようにしてほしい」
「うん、分かってる」
「まだ目が覚めたばかりなのに無理をさせてごめん。落ち着いたらまた会いに来るから」
そうして、佐助君も居なくなった。
目が覚めない謙信様と二人きりの部屋で、深呼吸をする。
息を吸う唇は自分でも分かるほど震えていた。
今の自分に、謙信様に声をかける資格なんてない……。
いや、かける言葉が見つからないだけなのかもしれない。
自分自身、まだ恐怖は残っている。
だけど今はそんな事を気にしている余裕は無かった。
(早く目を覚まして……いつものように名前を呼んでください、謙信様)
声にならない想いを心の中で囁き、私は謙信様の額にそっと口づけた。