第6章 ✼弟切草✼
「その必要は無いわ」
先程までと違った冷静な芝姫様の声が耳に響く。
「っ……ぁ……!」
肩を軽く押されただけでその場に倒れこんでしまう。
次に来たのは今までに感じたことのない激痛。
脇腹を抑えていた手を離すと、手は真っ赤に染まっていた。
(刺さ……れた…?)
声を出そうとしても喉から出るのはひゅうひゅうとした息だけ。
「まさか謙信の女を刺しちまうなんてなぁ」
「あら、刺したのは貴方でしょう?」
朦朧とした意識の中で、楽しそうな声が聞こえる。
芝姫様と…知らない男の声だ。
「痛いでしょう…可哀想に。私がどうしてこんな事をしたのか知りたい?」
「いっ……!っ…」
返事をする事も出来ない私に向かって芝姫様は話を続ける。
「貴方にはここで死んでもらう。そうしたら謙信様はまた昔のようになってしまうでしょう?弱っている時にさっさと私が正室になるの」
(そんなのだめ……)
「謙信様が相手にしてくださらなくても良いわ。どちらにせよ私は貴方を殺せればそれでいい」
謙信様の女だからと狙われる事は何度かあったけれど、私に対する殺意は初めてで、背筋が凍っていくのが分かる。
「亡骸を隠してしまうのもいいわね。亡骸を渡す代わりに正室にしていただくのも一つの手だわ」
怖い
怖い
怖い
怖い
震える声で何とか声を絞り出す。
「き…っと、っ……すぐに…み、つかりま、す……」
「何を言ってるの?刺したのは私じゃない。この男よ」
芝姫様の視線の先にいる男は私を見てニヤリと笑う。
「見つかったとしても捕らえられるのは俺だしなぁ。俺はこの姫様の体と引き換えにお前を殺すだけだ」