第6章 ✼弟切草✼
§ 結Side §
「謙信様〜!お会いしたかったです〜♡」
そう言って謙信様の元へと走ってくる女の人の言葉には、ハートマークが見える。
綺麗な黒髪に赤い唇、大きな瞳はまさに美女だった。
「俺はもう二度と会いたくなかったがな」
城下を歩いていれば間違いなく振り返ってしまうような美人を、謙信様はばっさり切り捨てる。
私と初めて会った時のような鋭い視線を向けられても、全く動じていないようだった。
「またまたそんな事を……」
笑顔で何かを言おうとした女の人の視線が私を捉え、途端に表情が冷たくなっていく。
「謙信様、その方は?」
少し低くなった声でそう尋ねられた謙信様は、キッパリと「俺の正室になる女だ」と答えた。
「本当に居たのですね。謙信様が愛する女など」
私に向けられる視線にはあからさまに敵意が込められていて、今すぐここから逃げ出してしまいそうになる。
(だめ…私は謙信様に見合う女になりたい……)
「結と申します」
「……芝姫よ」
何とか自分に言い聞かせて、できるだけ悠然とした態度を取ろうとするけれど、芝姫様はまた笑顔に戻って甲高い声を上げる。
「なんて可愛らしい姫なんでしょう。離れ離れになってしまった姫がいると噂でお聞きしていましたが……噂では無かったようですね」
「……」
「ですが……」
笑顔を崩さず、芝姫様は周りにも聞こえるように声を大きくしてこう言い放った。
「私が出会った時の謙信様はとても哀しそうなお顔をされていましたよ。愛する人をこんなに待たせるなんて……私には理解できませんわね」
「……っ!」
私のせいで謙信様を一年も待たせてしまったのは事実だ。
それを突きつけられて、私は無意識に腰にぴったりとくっついている謙信様の手を強く握った。
「私の方が謙信様を幸せにできる」
「戯言を。俺を幸せに出来るのは結だけだ」
そう言うと、謙信様は人目も気にせずに私に口付けた。