第4章 ✼勿忘草✼
「酒でも飲むか」
「え?」
外を見る限りもう夜中。周りに足音すら聞こえない。
「久しぶりにお前と酒を飲みたくなっただけだ」
謙信様はおもむろにお酒を取り出すと、私の手を取って縁側へと連れて行ってくれた。
「お前は覚えていないかもしれないが、いつの日か美酒を呑もうと約束していたな」
(謙信様…覚えてくれてたんだ…)
「私も、覚えています」
「結局あの酒はお前が隣に居ないと飲む気も起きなかった」
謙信様は二つの徳利にお酒を注ぐと、その一つを私に差し出した。
(これ…もしかしてあの時に約束していたお酒…?)
徳利に口を付けると、私でも飲みやすい優しい香りが口に広がった。
「美味しい…私でも飲みやすいです」
「確かに美味いな。きっとお前と飲んでいるからだろう」
「この時代で見る月も久しぶりです」
都会で見るよりもずっと綺麗。
何を考えるでもなく、ただぼーっと月を眺めていると、謙信様が私の頭を引き寄せた。
「結。お前は色々と一人で抱え込みすぎだ。自分を責めるな」
「…っ!…そんな事、ありません…」
「俺に嘘が付けると思ったか?」
「……謙信様には全てお見通しですね」
乾いた笑みが口から零れると、謙信様は当たり前だ、と少し満足げに言った。