第4章 ✼勿忘草✼
「そう言えばここは伊勢姫の事を結に伝えた場所だったな」
小高い丘にある木の下で全てを話した懐かしい思い出。
感傷に浸っていると、だんだんと空が曇り始めた。
晴天だった空は雲に覆われて、灰が青を侵食する。
「……来たか」
すっかり黒く染まった空は俺に向かってこう言った。
「まだ運命に逆らうか」
運命…それは俺と結は一緒に生きられないという運命だろうか。
否、正しい運命など何処にも無いのだ。
その者が運命だと思えばそれは自分の中で運命となる。
俺はこの身が朽ちるまで結と共に居ると思っていた。
だがその運命を叶多は自分で捻じ曲げた。
(結に嫌われる覚悟をした心意気は誉めてやろう。だが…お前が運命を捻じ曲げたならば、俺はお前の運命とやらを捻じ曲げよう)
「お前の言う運命が何かは知らんが…俺と結は恋仲になる”運命”だった」
(結…そろそろ戻って来い。いつまで待たせる気だ。俺は気が長いほうでは無い)
刹那、目を開けていることすら出来ない閃光が辺りを包み込み
————ドカンッ!!!!!!!!!
と聞き覚えのある轟音が響き渡る。
目を開けるまでの一秒、俺は期待した。
目の前に結が居るのではないか、と。
どこまでも探しに行くとは言ったものの、結が自ら戻って来ていれば、それは願ったり叶ったりだ。
早く目を開けて結を探そう。そう思ったがその必要は無かった。
急に体が重くなり、その場に倒れこんでしまう。
柔らかな感触が手に、足に、身体に身体に伝わって来た。
それだけ時が経とうと忘れないこの感触…何度も俺を包み込んだ匂い。肌をくすぐる長い髪。
無意識に手に力を込めると、それはぴくっと震えた。
————愛する者をこの手で抱けるとは、こんなにも幸せなのか
広い世の中で出会えたこと自体が奇跡だと誰かは言った。
ならば、一度引き裂かれもう一度出会い、更に再会の瞬間にお互いの胸の中にいる……それは紛れもなく
奇跡が起こした運命だろう。
「おかえり、結」