第10章 ✼(黄)水仙✼
その夜、俺は信玄の部屋を訪ねた。
「話がある」
「深刻そうな顔をして、どうかしたか?」
「……まずは俺の記憶が無い間、結の傍に居てくれたことに礼を言おう」
俺の記憶が戻ってからは何かと忙しく、信玄に礼を言う暇も無かった。
暴走しかけていた俺を止めてくれたことに関しては、礼を言わなければならない。
「言いたい事はいっぱいあるが結が戻ってきたならそれでいい」
こんな時には、信玄の懐の深さに感心する。
……調子に乗るから絶対に本人には言えないが。
口に出さずとも俺は信玄を認めていた。
普段の人当たりの良さと、信長に対して抱いている敵意も知っていた。だから、信玄の為にもこれを言わなければ。
「お前との同盟を解消したい」
「急な話だな。理由を聞いても?」
「俺が結を連れ戻す時に交換条件を付けられた。結を信長の妹にする事だ」
そう遠くはない未来、結は俺の妻となるだろう。
その時、信長は立場上俺の義兄となる。
殺したい相手の義弟と同盟を組んでいれば、素直に信長に戦を仕掛けることが出来ない。
そう思っての事だった。
「そう来たか。本当に用意周到な奴だな」
「……驚かないのか」
「結を安土に返した時に、信長からお前へ伝言を頼まれたんだよ。織田の姫を傷付けた代償は安くない、だとさ」
「ならば話は早いな。今すぐにとは言わないが祝言を挙げる前までには同盟を解消する事になるだろう」
「特に異論はない。……謙信、それで何か変わると思うか?」
「何……?」
「お前、記憶を無くしている間結が俺の恋仲だって知った時、どう思った?」
あの時は……記憶が無くても、結を傷付けてしまった事を後悔した。
自分と仲が良い相手で、しかも信玄の恋仲となると更に心が痛んだ。
俺が黙っていると、信玄は苦笑を漏らす。